23-1
あれから2週間、今日はとうとうリュート様の叙爵式。
参加を許されるのは限られた方のみなので、私はお姉様と共に、ひと足先にトゥルペ侯爵家にお伺いする。
トゥルペ侯爵夫人に迎えてもらい、リュート様達が戻ってくるのを待つ間、一室を借りて支度をする。
侯爵家のメイドたちが、私の髪に触れる。
良家の使用人であれば鉄屑だのという私の噂を聞いたこともあるだろうに、触れさせてしまってなんだか申し訳ない。それに……
「ほ、本当にここまでするべきなんでしょうか……?」
エンパイアスタイルに、少しだけトレーンがついた、ミストブルーのドレス。シルエットはシンプルながら洗練されており、布地は総刺繍でひと目で一級品だと分かる。
お姉様からのプレゼントは、今日のための一着だった。
ドレスなんてもう何年も着ていないので落ち着かない。
サインをするだけのことなのにここまで大ごとにしていいのか、と不安を漏らすとお姉様に笑われた。
「あの男は第一礼装なんでしょう?貴女も少しは整えてあげなさい」
「それは、そうなんですけど……」
叙爵というのは、貴族になるという事は、社会的に大きな意味を持つ。
本人であるリュート様も参加している他の男性陣も、全員最上位の第一礼装を身に纏っている。
そのままの格好で侯爵家に来るのだから、私もある程度のドレスアップは可笑しくないのかもしれないけど……どうしても気後れしてしまう。
支度を終え、侯爵夫人とお姉様とお話をさせていただいていると、階下が騒がしくなった。
エントランスホールに向かうと、リュート様と私の父、リュート様の養兄であり、トゥルペ侯爵を襲名したレオナルド様が家令と話しているのが見える。
こちらの気配に気付いたのか、レオナルド様とリュート様がほぼ同時にこちらを向いて……リュート様が目を見開いた瞬間、心臓が跳ねた。
隣からクルーゼお姉様の声が聞こえる。
「うわ、あそこまで整った顔してると思わなかったわ……。ドレス用意して、本当に良かった」
お姉様の言葉に、内心全力で同意する。
リュート様は最上位礼装。当然、普段目元にかかっている前髪は整えて流しているし、眼鏡も外している。
つまり――端正なお顔立ちを十二分に発揮する格好をしているのだ。久しぶりに遮るものが何もない赤茶色の瞳と端正な顔に、自分の格好も緊張も頭から吹っ飛んでしまった。
リュート様は私を見てしばらく止まっていたけれど、ふっと微笑みながら階段を登り、私の手を取る。
柔らかい笑顔を見せられて、膝から崩れ落ちそうになるがなんとか堪える。リュート様があまりに素敵すぎて泣きそうになってきた。
「カレン、すごいきれい」
「あ、ありがとうございます……リュート様も、その、素敵です……」
本当に、これ以上直視したら目が焼けそう……。
◇
「うふふ、我ながらいい仕事をしたわ。私の妹、かわいいでしょう?」
婚姻証明書の準備を待つため談話室に着くと、お姉様が得意顔で言う。先日仕事終わりに呼び出されたのは、このドレスの調整のためだった。
居た堪れなくて思わず下を向く。頬が熱くなってきた。
リュート様が少しだけ眉根を寄せながら応える。
「ドレスを用意してくれたことには心から感謝するけど、あの日の連れ出しだけは本当にきつかったよ」
「巻き取らせてすみませんでした……」
俯いたまま謝罪する。結局、あの日は仕事に戻れなかった。翌日、巻き取ってくださったリュート様と3班長に頭を下げたのは記憶に新しい。
クルーゼお姉様が半目でこちらを見てくる。
「あなた達、カレンに頼り過ぎじゃない?」
「仕方ないでしょ、この子が優秀なんだから」
その言葉に、思わず顔を上げる。
リュート様はいつも通りの、当然のことを普通に言っただけ、という顔をしていた。
「……あ、ありがとう、ございます」
胸が熱くなる。リュート様からこんな風に、正面から言ってもらったのは初めてかもしれない。
――今まで頑張ってきて、本当によかった。
そうしていたらとうとう時間になり、日当たりのいいサロンへ移動する。
シンプルだけれど上品なテーブルに、婚姻証明書が用意されていた。




