21-3
「……補佐官相手に随分過保護じゃねぇか。何かあんのか」
「理由が必要か?」
班長の言葉に、ゼフト部長が淡々と返す。
カイル班長が片眉を上げ、軽く腕を組み直した。
「まあ、俺らを信用しすぎねぇのはいいことだ。ただ、重要性がわからねぇと優先度をミスる。それは仕事として避けたいんだが?」
「……」
どちらも折れない硬質な空気を破ったのは、リュート様だった。
「詳細は言わない。優先度は僕より上。これでいい?」
リュート様の言葉に、カイル班長が珍しく素で驚く。
「はぁ?軟禁対象の男爵閣下より上?どういうことだ」
「説明はしない。ただ、人材としての重要度は、ウェンは間違いなく僕より上。優先度を確認したいなら、それで十分でしょ」
ゼフト部長は眉根を寄せるが、リュート様の言葉を否定はしなかった。
ふと渦中のウェンさんを見ると、顔色が悪く、つい声をかけてしまう。
「あの……大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。大丈夫です……カイルさん、あの」
「ウェン」
何かを言いかけたウェンさんだったが、有無を言わせぬゼフト部長の声に、肩を跳ねさせ動きを止める。
ウェンさんはしばらく下を向いていたが、顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「……詳細はお話しできません。ですが……私は6班出身で、いまでも6班の指導は私がしています。4班とも実務で組む事が多い」
話しながら、ウェンさんはやっぱり俯いてしまう。
6班は魔導機構を研究する技師の多い班だ。社会設備などの案件を担当する4班と組むことが、非常に多い。
でも……ウェンさんが元6班の魔導技師だというのは、技術部なら誰でも知っているような事だった。勿論、私も知っている。
話の内容に戸惑っていると、部長がウェンさんの言葉を引き継ぐ。
「要は、水門をはじめとした国主導の大型機構に関する情報を、一番理解し把握しているのはコイツだ。意味わかるな?」
カイル班長はしばし部長とウェンさんを見据えていたが、やがてふぅと溜息を吐いた。
「国防の要ってやつか……了解。変に注目を集めないよう、立ち回りをあとで相談させてくれ」
「わかった」
カイル班長が、私を見ながら口を開く。
「そういう意味でも、やっぱお前が防諜の最前線であるべきだな。ベスと会話術の訓練もしろ。情報抜かれたくなかったら、今後一切気を抜くな」
「わかりました」
「炙り出しもやれ。食堂はじめ、生活全般の補助従業員の顔も頭に叩き込め」
「それはほとんど覚えてるので、見慣れない人がいたらベスさんに共有でいいですか?」
カイル班長が呆れたような顔で私を見てくる。
「食堂と守衛、清掃員にって、ざっくり50人以上はいるだろ。何で覚えてんだよ」
「それは、技術部って機密の塊だなって前から思っていたので……自然と……」
本当に、自然と頭に叩き込んでしまったのだ。
特に、リュート様の食事の用意をするために、食堂の人間は食材搬入者の顔触れまでキッチリ覚えている。
「ほんと、お前の育て方が合ってたのか間違ってたのか、判断に迷うな」
そういってカイル班長は、大きな溜息を一つ吐いた。
「どういう意味ですか……あ、相談なんですが」
「あん?」
「私って、リュート様の機密について、どこまで”知らない”方がいいですか?」
諜報員や情報屋に情報を抜かれないためには、そもそも知らない方がいい場合もある。
自分がどこまで把握するべきなのか、この機会に相談したかった。
「……大半は知っておくべきだな」
ゼフト部長が呟き、今度はリュート様の表情が険しくなる。
「ちょっとゼフト」
「どうせ情報資産としての価値はヤバいくらい上がってるんだ。サンビタリアにも、概要だけでも理解しておいてもらった方がいいだろ?っつーかな、リュート……」
ゼフト部長が、リュート様の執務机を親指で示す。
「お前のあの机の上に、軍事機密も含めた国家機密がいくつ乗ってるか、お前自身わかってるか?」
リュート様は頭の中で数えているのか、考えながら口を開く。
「……5個くらいじゃない?」
ゼフト部長が真顔になり、ウェンさんが苦笑する。
「リュート、あなたって子は……」
「大枠で数えるんじゃねぇよこの野郎!15は乗ってるからな!?あそこにないやつ足すと20超えるんだぞ!」
「え?そんなにあった?文導機に計算用魔導具に……?」
「それの内容が細分化されて、それぞれ機密扱いなんだよ!!」
「え、何それ。術式の段階ごとに区分けされてるの?」
「そうだっつってんだろ!小分けして転用できるやつは分かれんだよ!」
「うっわぁ……マジかこの顧問」
部長とリュート様の様子に、カイル班長が呻く。
「ていうか、それ技術部に正式に入る前のやつも含まれてない?」
「どうして含まれないと思ったんだよ!?……つーわけだ、サンビタリア。
こいつの代わりにお前が把握してくれ……頼むから」
頭を抱えてしまった部長の言葉に、全力でコクコクとうなずく。
前から思ってましたけど、リュート様って本当に、機密とかに興味が無さすぎます……。
◇
その後も細かい話をいくつかし、そろそろお開きという空気の中、カイル班長が思い出したように私に言う。
「ああ、そうだ。指定居住区画の件だが……」
一瞬で、目の前に大きな掌が迫る。
――顎を砕かれる――
そう思った時には、反射で躱し、迷わずペンを班長の首に刺そうとしていた。しかし後ろから回り込んできた腕に、強く後ろに引かれる。
「リュートさまっ!?」
庇うように私を抱き寄せたリュート様が、班長をジッと見据えていた。
一拍おいて心臓が早鐘を打つ。自身を落ち着かせようと辺りを見回すと、立ち上がろうとしたウェンさんをゼフト部長が押し止めていた。
緊張した空気の中、リュート様がゆっくりと口を開く。
「どういうつもり?」
魔力圧すら上げたリュート様の威圧にも、カイル班長は飄々としている。
「テストだよ。んー、ちっと遅かったがまあいいだろ。
おいサンビタリア。指定居住区画……要は引っ越し後の家だな。そこまで帰るときと区画内は、お前の身辺警護、無しにしてやるよ」
カイル班長の言葉に驚く。
正直な話、ただ家に戻るだけなのに護衛官を毎回呼ばなければいけないのは、少し億劫に感じていた。
「その方が助かりますけど、いいんですか?」
「ああ、お前に対して物理的な危害が加えられる可能性は低いだろうしな。今くらい躱して動けるなら問題ねぇ。
ベス借してやるから実力維持しろ。」
「それは有り難いですけど……可能性、低いんですか?」
私の言葉に、カイル班長が呆れたように肩をすくめる。
「聖女様がお前との仲を吹聴してるって言ったろ。他国の人間が、"国公認の聖女"の妹で伯爵家出身、挙句に国家機密大量に抱えた研究者の妻に手ェ出してみろ。下手すりゃ外交官案件だぞ」
「……わぁ……」
胃がキュッと縮んだ気がする。
どうして、私の周りの人たちって、みんな凄いんだろう。




