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21-2

「リュート、……叙爵後も、しばらくお前はこのままだ」

部長は申し訳なさそうにするが、リュート様は苦笑を返すのみだ。


「僕のことは気にしなくていいよ。それより、カレンのことでしょ?」

――私?

リュート様が私を見る。

話が見えず戸惑っていると、ゼフト部長が気まずそうな顔をする。


「ああそうだ。サンビタリア……『男爵夫人』を技術部の寮に住まわせてますってのは、無理がある」

「……あ」

言われてようやく気が付いた。


そうだ。リュート様と、その、結婚するということは、私は身分上は男爵夫人になるというわけで……。

急に"結婚"というものに現実味を帯びてきた気がして、頬が一気に熱くなる。


そんな私を見て、部長は「やっぱり忘れてたな」とでも言いたげな表情だ。

「お前さんは幹部向けの指定居住区画……まあ、要は俺や班長の何人かが住んでる区画だな。そっちに行ってもらう」

「はい」

「リュートの行動可能範囲に、指定居住区画は含まれない。しばらくは一人暮らしだが、我慢してくれな」

「はい……」

――今までは、寮と技術部棟で建物は違っても、同じ研究所敷地内だったのに。

結婚したら寝泊まりする敷地すら異なり、距離が遠くなってしまうのは不思議な感覚だった。


「――ちょっと待て」


カイル班長が片手で顔を覆い、呻くように割り込む。

「部長さん。叙爵の話は聞いていたが、もう一つの話は初耳なんだが?」


班長の様子に、ゼフト部長は不思議そうな顔をする。

「数日前に決まったからな。今日はその話もするつもりだった」

「決まった時点で共有してくれ……」

後出しされて堪えたのだろう。班長は肩を落としている。

これについては、護衛官をしていた身としては班長に少し同情してしまう。


が、カイル班長はすぐに立て直し、親指を立て、私達を指し示す。

「つまり、こいつら、くっついたわけ?」

「班長!」

あまりの言い方に思わず真っ赤になってしまうが、リュート様は気にしていないらしく、私の反応に笑うだけだった。


私達の反応で是と捉えた班長は、頭をガシガシかきながら表情を厳しくする。

「サンビタリア、お前の動線全部把握する。ベスをよこすから打ち合わせしろ」

「そ、そこまでします……?」

確かにリュート様と結婚すれば、立場も住む場所も変わるが、私自身が何か変わるわけではない。


不思議に思っていたら、カイル班長がリュート様を顎で示す。

「そこの顧問様。7年もこの研究所に軟禁されてるだけあって現状は諜報戦が水面下まで落ち着いてるがな、今回の叙爵で確実にもう一度舞台上まで引き上げられるぞ。内定と公示だけで、いくつかの国の諜報が活発になった。お前が結婚する相手はそういう男だ」

視界の端でリュート様の手に力が入り、ゼフト部長も真剣な顔で頷いていた。


「しかも間の悪いことに、我が国の聖女たるクルーゼ・サンビタリアがお前との和解を社交界に公表した」

「お姉様が……?」

初めて聞く話にぽかんとしていると、カイル班長が呆れてものが言えないとばかりに鼻で笑う。


「叙爵される技術貴族の妻で、聖女の妹、あげく本人はこの国最先端の研究の内情を知っている情報資産ときたもんだ。――なあ、1ヶ月後のお前、対外的に見たらどんだけヤバいと思う?」

なんか、両肩が一気に重くなってきた……。ふらつかなかった私を、誰か褒めてほしい。


「カレン」

リュート様が心配そうにこちらを見ていることに気付き、慌てて笑顔を作る。

「大丈夫です!びっくりしただけなので!」

重圧ではあるが、考えてみれば、情報・諜報戦においてリュート様のことをお守りできる立場になるのだ。

よりお役に立てるこの機会を、逃すわけにはいかない。


ふと、ウェンさんが読み込んでいた資料から顔を上げ、私に向かって微笑む。

「これからはご近所さんですね。いま指定居住区画に住んでいるのはゼフトと私、セリナさん、あとは2班長ご夫妻と4班長ご夫妻、7班長ご家族です。

引っ越す時は手伝いますから、皆さんのところへ一緒にご挨拶に行きましょうね」

「は、はいっ、よろしくお願いいたします!」

セリナさんは渉外担当補佐官の方だ。寮暮らしでもいいのだが、外を飛び回る関係で敷地外に家がある方が楽らしく、指定居住区画に住んでいる。

セリナさんや班長達の顔は勿論知っているけれど、奥様方とは初めてお会いする。皆さんどんな方なんだろう……。


カイル班長が複雑そうな顔をする。

「お前が結婚ねぇ……」

「う、うるさいですよ班長!」

頬が熱くなっているのが自分でも分かった。

うぅ、カイル班長には入軍したての頃からお世話になっているので、こういう時、なんていうかやりづらい。


カイル班長が、私とウェンさんを見て腕を組む。

「なぁ、この二人はまとめといた方がいいか?補佐官同士動線も似るんだろ?」


ゼフト部長の視線が、心なしか鋭くなる。

「どうしてそう思う」

「ウェン氏は部長さんの補佐官だろ?国の最先端技術の理解者であることに変わりはねぇ。

んで、こいつの護衛官としての能力は悪くねぇ。ニコイチで行動させれば護衛代わりになるだろう。問題があるとすれば……こいつ自身が防諜の最前線だってことだな」

カイル班長は、私を親指で示しながら言葉を続ける。


「こいつはしばらく、国外諜報だの情報屋だのの注目の的になる。あんまり一緒に行動させると、補佐官殿もやつらの印象に残るだろうな」

「駄目だ」

カイル班長の言葉に被さる勢いで、一切の迷いなく、ゼフト部長が断言する。

気が付けば、リュート様の表情も明らかに変わっていた。

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