21-1
新章です。ここから完結まで毎日更新予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。
いつも通りの朝。
食堂の厨房の片隅を借りてサンドイッチを作り、仮眠室に向かいリュート様を起こす。
赤茶色の瞳が、ゆっくりと開く。
「おはよ、カレン」
リュート様の柔らかい笑顔に、心臓が破れるんじゃないかというくらい高鳴り、耳が熱くなる。
この人の婚約者になったなんて……何かの間違いじゃないだろうか。
「そうだカレン。今夜、ゼフトから話があるって。僕に直接話が来た」
サンドイッチを食べながら朝の打ち合わせをしていたら、リュート様が仰る。
「何の件でしょう?」
「聖女研究もウチに決まったし、僕も叙爵されるし、技術部全体の安全管理とか見直したいみたい。聖水再現の件で、教会と宗教国家から親書届いたらしいし」
「あー……まあ、そうですよね」
親書――なかなかの事態である。
聖女研究の獲得のため、開発および成功した聖水再現術式。
それにより再現された聖水の性能が上級聖水並みだったことで、かなり波紋を呼んでしまったらしい。
「上級聖水は秘匿技術だし警戒するのは分かるけど、まだ再現できただけってレベルなのにね」
そう言いながらのんびりお茶を飲んでいるリュート様に、思わず苦笑してしまう。
相変わらず、リュート様は機密などといったことに、あまり興味がないらしい。
◇
終業後。秋になり日が落ちるのも早くなってきたが、それでもまだ外はやや明るかった。
リュート様と夕食代わりの軽食を済ませた頃、顧問室の扉が開く。
「リュート、サンビタリア、今いいか」
「お疲れさまです、失礼しますね」
ゼフト部長とウェンさん、さらにその後ろから大柄な男性が入ってくる。
黒ずくめの外套と戦闘服は、非常に見慣れたものだ。
「あれ、班長?」
「おー、サンビタリア。久しぶりだな」
護衛官時代の上官である、カイル班長だ。
なんで班長がここに?という疑問に答えるように、ゼフト部長が説明してくださる。
「研究発表会まで護衛についてもらっていた流れでな。カイルさん達の班が、そのままここの常駐護衛官になった」
ゼフト部長の言葉に驚く。
……危険な現場にばかり駆り出されていたカイル班長達が、常駐班?
「脅威度が高いんですか?」
思わず聞いてしまうと、カイル班長の片眉が上がる。
「物理脅威より、情報脅威だな。俺たちの役割は諜報戦と、幹部が外出する際の身辺警護だ」
「……宮廷情報局と組むんですか」
宮廷情報局とは、要は諜報機関だ。軍部にも情報部はあるが、宮廷情報局はより政治的・対外的な分野の手腕に長けている。
カイル班長達は軍部の人間でありながら宮廷情報局へのパイプも強いので選ばれたのだろう。
そう思ってたらカイル班長に溜息を吐かれた。
「なんですか?」
「いや、内情知ってるお前が居ると、やり辛いと言うべきか話が早いと言うべきか」
頭をガシガシとかいた班長が仕切り直す。
「あー、とりあえず。サンビタリア、お前も今後は身辺警護対象だから。敷地外出る時は申請しろ、いいな?」
「え?私?どうしてですか?」
なんで?と本気で驚いていたら、リュート様とウェンさんに苦笑され、ゼフト部長とカイル班長2人には溜息を吐かれた。
「カレン。技術部の土台を作ってる基礎研究班、つまり1〜2班の進捗を、僕の次に一番分かってるのは誰だと思う?」
「え、部長じゃ……」
リュート様の言葉にそう答えながらゼフト部長を見ると、呆れ顔をされる。
「お前だお前。毎日日報確認して、毎週報告書作ってる張本人が何言ってんだ」
部長の言葉に思わずリュート様の方を見ると、首肯が返ってきた。
部長が言葉を続ける。
「お前だけじゃない。聖女研究次第だが、このまま古魔術を基幹にし続けるのであれば、ローゼスとバロワも護衛対象だろうな」
聖水再現について、重要部分を担当した10班。
もしこのまま古魔術を基幹にするなら、担当者の2人も勿論護衛対象ということらしい。
「技術部は全員、敷地外への外出時は追跡魔導具の所持必須。班長以上および、それ以外でも必要と判断した部員には、外出時は警邏部もしくは護衛官から護衛を出すことにする。細かい段取りはお前とウェン、ブノワに任せるから、連携して運用を進めてくれ」
「承知しました」
「わかりました」
ウェンさんとほぼ同時に返事をする。
ブノワさんとは、庶務・経理を担当している部長補佐官の方の名前だ。冷静で可否を端的に教えてくださる方で、とても頼りになる。
段取りを考えていたら、ゼフト部長がリュート様を見る。
「リュート、今朝頼んだ追跡魔導具の機能強化の進捗は?」
「さっき書き上がったから、あとで確認よろしく。大丈夫そうなら一斉に術式書き換えられるように用意する。
守衛室の入館認証の改良はもう終わった。入退館の記録、印字して出せるようになったよ」
「助かる。ブノワが喜びそうだ」
「それは良かった。あの人いつも忙しそうだから」
ブノワさんは庶務担当として、各研究員の入退館記録も管理している。そのため奇しくも業務改善につながったらしい。
やりとりを微笑ましく眺めていたら、カイル班長が、そっと私に視線を寄越す。
「マジか?」
「はい」
かなりの作業量のはずなのに、一日でほぼ終わらせたリュート様が信じられなかったらしい。
私も補佐官を一年続けていなかったら、到底信じられなかっただろう。
本当に破格というか、次元が違う方なのだ。
そのままリュート様は言葉を続ける。
「もう一個頼まれてた外周結界の方は、起動用の機構自体を少し弄る必要がある。ウェンに任せていい?」
「いいですよ」
リュート様は、じゃあこれ、とウェンさんに紙を渡す。
集中してそれを読み始めたウェンさんを横目に、ゼフト部長が口を開く。
「次は、リュートの叙爵と、お前ら二人の件だな」




