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2-2

講義の内容を自分なりに説明したり、リュート様からの質問に答えていく。

「――うん、大体わかった。今回のレポート内容はどうする予定?」

「えぇと、魔力場の安定化と術式で生成される場の強度のイメージが、いまいち実体験と結びつかなくて……」

「解呪や回復術式だと場合分けが特に多いから、一般論だけ説明されるとキミみたいな支援・回復術士は逆に混乱するだろうね」


あっさりと自分が引っかかっている部分を言い当てられて、思わず苦笑してしまう。

「無意識でコントロールしていることを、理論的に説明することがこんなに難しいなんて思いませんでした」

「だろうね。個人で使う分にはこんなの理解しなくても感覚で使えるようになる。……ちょっと待ってて」


リュート様が席を立ち、本を二冊ほど持って戻ってくる。

「はいこれ。実践的な術式を用いた例が多めの本。あとは基本的な定義理解が甘い部分がいくつかあった。そっちはこのまま説明していい?時間大丈夫?」

「私はもう寮に戻って寝るだけなので大丈夫ですが……リュート様こそ大丈夫ですか?業務もそうですが、私がいると休まらないのでは……」


夕食から戻った時、薬草茶の香りはしなかった。

となると、リュート様はお昼前に一度お茶を飲んだきりで、大した休憩もしていないはず。そのうえ私相手に勉強会みたいなことをしていて本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。


「…………まあ、いいか」

「リュート様?」

「大丈夫だから、この本読んでちょっと待ってて」


リュート様が何かをつぶやいたかと思うと、もう一冊の本を私に渡して執務室の奥へと行ってしまう。

気にはなるけれど、リュート様に言われた通り渡された本に目を通す。

魔術理論研究史――魔術理論自体の変遷の本だった。今までどんな発見や実験がなされ、今日までの理論が生まれてきたのかについて書かれており、初学者向けで結構面白そうだ。

大見出しにざっと目を通し、改めて最初から読み始めたタイミングでコトリ、と小さな音が耳を、薬草のいい匂いが鼻を掠める。


音がした方を見ると、給湯所に備え付けられている取っ手のないシンプルな陶器のコップが置かれている。

中にはあの時と同じ香りの薬草茶が入っていた。


「キミの分」

「……え?」

向かいの椅子に腰を下ろしたリュート様を慌てて見ると、薬草茶の入ったコップを口に運んでいた。


初めて見る光景に、動揺を隠せない。人前で飲食するの、苦手だったのでは……。

「よ、よろしいの、ですか……?」

「ん?」

「だ、だって、私、居ますよ?」


リュート様は少しだけ考える素振りをした後、「ウェンから聞いた?」と確認してきたので首肯で応える。


「確かに人前で何かを口にするのは苦手だけど、自分で用意すれば多少は平気」

「そ、そうなんですか?!」

「多少は、ね。しなくていいならしたくない」


リュート様はさらに薬草茶を口に含み、ちらりと私を見る。

「これでいい?」

「え?」

「僕が休んでないことか気になってたみたいだから。これで集中できそう?」


――ああ、やっぱり優しい方だな。

私を安心させようと、そうしてくださったのだと気付き、胸の奥に申し訳なさが広がっていく。


「そこまでさせてしまって、なんか申し訳ないです……」

「別に。さっきも言ったけど、キミがこの辺きちんと理解して業務に当たってくれた方が僕としても今後楽になるから」


ここまで言われたら、もうやる事はひとつだけ。

一呼吸して、リュート様をしっかりと見る。

「お気遣いありがとうございます。よろしくお願いいたします」


リュート様は「うん」と返事をしながらコップを卓に置き、説明を始める。

「……概念や言葉の定義の理解についてだけど、キミの場合は多分、少し遠回りでも研究史を絡めて説明した方が良い。その本で説明する」

「は、はい!」

「じゃあまず――」


そのままリュート様との勉強会が進行する。

結局かなりのお時間を割いて頂いてしまったので恐縮していたが、リュート様には「いい息抜きになったから気にしないで」と言われてしまった。


勉強会を終え、寮への道を歩く。

少し遅い時間だったため、送ろうかとリュート様は言ってくださったが、これ以上時間をいただくのが申し訳なくて遠慮した。


初めて何かを口にするところを見せてくださったリュート様。

先ほどまでの真剣に勉強を見てくださった姿、普段の真摯に業務に取り組む様子、寮に送っていただいた時の事、自机に置かれていた本……どんどん頭が勝手に思い出して、胸がいっぱいになる。鼓動がおさまらない。


溢れる感情そのままに、ぎゅっ、と自習用に持ち帰っている本やノートを抱きしめる。

感情の波がおさまらず、歩いていられなくなって思わず立ち止まる。

「どうしよう」


元々リュート様に憧れて入軍したけれど、それは魔術師として、恩人として憧れていただけだった。

私を救ってくださったあの方のお役に立ちたい、それだけのはず、だったのに。


「……どうしよう」

ドキドキといつまでも心臓がうるさい。

――好きに、なってしまったかもしれない。

いつも無表情のあの方に、いつか笑顔を向けてもらいたいと思ってしまったかもしれない。


胸に降って湧いた想いを打ち消すように、思わず頭を振る。

「想うだけ、想うだけ。絶対に表に出しちゃダメ」

ブツブツと自分で自分に言い聞かせながらなんとか歩き出す。


リュート様は今でさえ研究一色の方だ。女性関係なんて全く興味がないのは私が一番よく知っている。

お姉様みたいな絶世の美女だったなら多少強気にアピールしたかもしれないが、私では確実に無理だろう。

だって私は――


思わず下を向く。

先ほどリュート様からお借りした本達が目に入り、泣きそうになる。

「……頑張らなきゃ、全部全部、頑張らなきゃ」


ちゃんと勉強して、仕事を頑張って、補佐として認めていただかなくちゃ。私がリュート様の傍に居続けるために、やれることはそれしかないのだから。

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