18-5
義弟の補佐官に茶を出してもらった後、「この後は気にせず仕事をしろ」と伝えたら、彼女は一礼して業務を再開した。
真剣な様子で書類を見て、文導機に打ち込む。メモを書きつける。
あとで回覧か何かするのだろう、種類別にまとめている。
時たま来る伝信魔術の連絡をうけ、すぐに机上の資料を確認し、返信する。
非常に真面目な仕事ぶりだ。手も迷っておらず、日常的に行っているのが分かる。
そんな彼女を見ていて、つい口を滑らせる。
「……君」
「はい閣下。お下げします」
どうやら飲み終えた茶器を下げるよう声をかけられたと思ったらしい。
近づいてきた彼女をついでだからと観察する。
見れば見るほど、"サンビタリア"としての特徴がない娘だ。
サンビタリア家の者だと納得はしたが、一見して分からない容姿。
聞けば、一族の誇りたる高出力系の攻撃魔術も全く使えないという。
「……君、よくこの年まで生かされたな」
思わず口をついて出てしまった。
貴族というのは、端的に言ってしまえば"面子"が命だ。
面子が脅かされれば軽んじられる。そうなれば交渉や取引は滞り、あっという間に家が傾く。
サンビタリア家は古くからある名家だが、だからこそ伝統と宮廷魔導の大家であることが重要視される。
聖女クルーゼの後に生まれた妹御がこの有様、というのに親戚たちが恐慌状態に陥ったのは想像に難くない。
彼女も理解しているのだろう。
困ったように微笑みながら答える。
「ひとえに……親の情でございます、閣下。祖父母達は、私を塔に閉じ込め一切の食べ物を与えないよう、かなり強く父母に伝えたそうなのですが……」
「なるほどな」
要は座敷牢で餓死させろという事か。
孫を殺せとはなかなか非人道的な話だが、貴族として育てられた自分には理解もできる。
そうしなければ一族が揺らぐ。直系の娘というのは、それだけの意味があるのだ。
「……それでも、生かしてくださった父母のために、……恥ずかしながら生き恥を晒しております」
真実そう思っているのだろう。
彼女は、申し訳なさそうに微笑んだ。
「だから、両親のために“最も政略的に有効なところ"へ嫁ぐのか?」
「……え?」
義弟の補佐官が虚を突かれたような顔をする。
「サンビタリア卿から相談を受けている。君がお父上から受け取り、返事を返した“あの手紙"についてだ。……娘が何もしないならと、父親が屋敷に来たぞ」
意味を理解したのか、彼女はみるみる青褪める。
「まさか父が……大変なご迷惑を……」
平身低頭で謝罪してくるとは、娘の方がよほど“貴族"らしい。
娘が不憫で仕方ないサンビタリア卿は、我が義弟……リュートに彼女との結婚を検討してほしいと、我が家まで直談判しに来た。それこそ貴族としての恥も外聞も関係なく。
「娘は覚悟を決めてしまった。あの子は地獄に行くつもりだ」と肩を震わせ助けを求める姿には、正直驚かされた。
「リュートには話していないな?」
「はい、勿論でございます」
「何故だ?」
彼女が目を瞬かせる。
義弟の様子から、彼女の政略結婚について全く聞かされていない事は想像がついている。
ただ、どうして伝えなかったのか理由が知りたかった。
「えぇと、リュート様の貴重なお時間を、このような些事に割くわけにはまいりませんので……」
自分の結婚を些事と言い切るか。
リュート以外に嫁げば辱められ、政略の駒として利用し尽くされ、殺されるのが分かっていて、些事と言い切れるのか。この娘は。
「……なるほどな」
ここまでの覚悟があるのなら、本人の意思を尊重してもいいのかもしれない。
だが、俺は知ってしまった。
彼女の淹れた茶を飲めるようになった義弟を。
彼女の前であんなにも自然体でいる義弟を。
何の覚悟もなく彼女を失ったら……義弟は、リュートは、今度こそ壊れる。
「仕事の邪魔をして悪かった。ああ、ついでで悪いが今日リュートと話ができそうな時間帯を教えてくれ」




