18-4
リュート様は、いつも通りサンドイッチを食べながら、日報を確認していく。
お茶を一口飲んだリュート様が、口を開く。
「……5班に顔出す。早めに時間取れって伝えて」
「伝えておきます。あと、2班が週次報告会前にご相談があるそうです。概要は日報記載済みです」
「わかった、確認する。どっちの班にいつ行くかの調整は任せる」
「かしこまりました」
またサンドイッチを食べ始めたリュート様が私の方を向く。
「キミは今日は実地調査だっけ?」
「はい、3班4班と老朽化した水門の開閉術式点検について、予備調査に行ってまいります。午後から不在にいたしますので、よろしくお願いいたします」
「うん……」
リュート様がサンドイッチを食べ終え、少し止まる。
どうやら食べ足りなかったらしい。
最近は毎朝きちんと食べているからか、リュート様の食事量がどんどん増えてきた。
その変化が嬉しくて、自分の分をそっと出す。
「いいの?」
「はい、私は食堂に行けばいいだけですから!」
正直なところ、レオナルド様の前で食事をするのは憚られたため、リュート様が食べてくださる方がありがたい。
「……じゃあ、もらう。ありがとう」
「はい!」
リュート様の隣で打ち合わせを聞いていたレオナルド様が、何故か眉間を押さえていた。
◇
「じゃあ、打ち合わせ行ってくる、けど……」
義弟が、部屋の扉をなかなかくぐろうとしない。
従順そうな義弟の補佐官ですら、そのあまりの過保護っぷりに苦笑いしてしまっている。
「リュート様、本当に大丈夫ですから……」
「兄さん、サンビタリアに変なことしないでよ」
「するか。早く行け」
ようやく出て行った義弟に嘆息する。いくらなんでも人が変わりすぎ――というか、依存しすぎだろう。
後で真剣に話をしようと胸に誓う。
もう、義弟の――リュートのあんな姿は、見たくない。
◇
今から7年前、リュートがもうすぐ18歳になろうかという頃の事だ。
深夜。屋敷で突然大きな魔力揺れが起きた。
慌てて発生源であるリュートの寝室に向かうと、寝台の上には服を脱がされかけたまま呆然としているリュート。
そして床には、魔力で弾き飛ばされたらしい行儀見習いの少女が、気を失って転がっていた。
思わず舌打ちする。
うちの義弟は、その天才的な頭脳と美しい容姿のせいで、いつも余計なものばかり引き寄せる。
リュートには「外」での警戒方法、薬品への対処法、女の対処法に至るまで全て叩き込んだ。
実際、ここ数年あいつはそれで上手くやっていた。「外」で脅かされることは、かなり減っていたのに……!
それなのに――まさか屋敷で、「内」でやらかされるとは。
リュートを談話室に連れてきて椅子に座らせる。
先ほどまで呆然としていたが、会話が出来るくらいまでは回復していた。
「……大丈夫か?」
義弟を労わろうと茶を淹れて脇のテーブルに置いた瞬間、リュートの様子が変わった。
「……っ」
カップを見つめたまま、呼吸がどんどん荒くなる。体に緊張が戻っていき、ついには震えだす。
明らかに、様子がおかしい。
「リュート?おい、リュート!!」
「……て……」
「なんだ?どうした?」
「……それ、下げて……!」
あの時、行儀見習いの娘は寝入り前の茶に酩酊薬を仕込んでいたらしい。
――リュートはそれ以来、茶器に触れられなくなった。
そこからの数日間……義弟は最初は水の入った杯すら触れず、あとから発覚したが食事も受け付けなくなっていた。
思い通りにならない身体に慟哭し、衰弱していくその姿に、生きた心地がしなかったのをよく覚えている。
本人の努力の甲斐あり、なんとか生きていけるようになった段階で……リュートが懐いていたゼフトとウェンを頼り、技術部に閉じ込めた。
それ以外、義弟を守る方法はもう、なにも残っていなかった。
◇
――だからこそ、驚かされた。
あのリュートが、あそこまで無警戒に食事をし、他人が淹れた茶を飲んでいる事実に。
「閣下。お茶をご用意してもよろしいでしょうか?」
昔を思い出していたら、声をかけられた。義弟の補佐官だ。
「……頂こう」
「承知いたしました」
昨日も思ったが、彼女の所作の細かさ、美しさに驚かされる。外見がどうしようもないなら、せめて立ち振る舞いだけでも隙を見せない。
そんな教育方針が透けて見えるほどだった。




