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夏の強い陽射しが窓から差し込む会議室には、数人の男女が集められていた。
「――というわけで、この定理は魔術陣発動時に発生する魔力場の強度を示していて――」
魔術院が主体で開催している、外部や聴講生向けの魔術理論についての勉強会だ。本来は筆記試験と面接を通過した人だけが受講できるが、私は特別な許可のもと参加している。
講師をしてくださっているのは普段から一緒に仕事をしている技術部員の方で、学園の授業では触れない専門分野のうち、比較的基礎的な部分を教えてくださる。
リュート様とトベラ様から教えていただいた本をある程度読破し、そこまでの理解度を確認するレポートを提出したところ、今後は講義に参加するよう指示を受けた。
最初はついていけるか不安だったけれど、本で読んだだけの知識だったものが解説を受け、自分の中で改めて噛み砕かれる感覚は結構楽しい。
昼時間を知らせる鐘が鳴り響く。
「――と、本日はここまでです。また来週」
勉強会は外部も対象としているため、受講者は普段別の仕事をしている人が多い。
そのため、集中講義を除くと週に一回午前中のみが基本だ。次回講義で今回の講義内容の疑問点と自分なりに自習した内容のレポートを提出、続きの講義を受けるを繰り返す。
講師役の技術部員と受講者たちに声を掛け、部屋を出ると真っ直ぐ顧問室に戻った。
「戻りました!」
「おかえり、講義お疲れ様」
リュート様は相変わらずの無表情で手元から目を離さない。
今日はどこかの班の月次報告書を査読をしているようで、四つ目綴じの冊子を読みながら書籍を何冊か開き、メモを書き綴っていた。
作業をしながらだし、表情も動かないけれど……それでも、声をかけたら絶対に返事をしてくださるのは結構嬉しい。
「……あ」
自机に向かう途中、薬草のいい香りが鼻を掠め、思わず立ち止まる。以前、一度だけ見かけた薬草茶を思い出した。
今日はかなり暑いし、私が不在の隙に飲んだのだろう。
今後はお茶を飲んでいただきやすいように、なるべく部屋をあけた方がいいかなぁ。
「どうしたの」
立ち止まった私が気になったのか、リュート様がこちらを見ていた。
「あ、いえ、その……いい香りだな、と思いまして……」
「……そう」
慌てたせいで、なんというか馬鹿正直に答えてしまった。うぅ、私が帰るまで飲まなくなったらどうしよう。
少し落ち込みながら自机に戻り、文導機を起動して急ぎの連絡がないか確認する。伝信魔術の連絡自体は来ていたが大したものはなかったので、一通り返信を済ませてから今日の講義の復習を始める。
今日の講義の疑問点をまとめ、教本や概論などを中心に調べていく。専門用語の細かい定義がわからず、別の本を調べる。
そういえば昼食を食べてないな、とふと思う。
最近はいつもこんな調子で、昼食を摂り忘れることが大半だ。
トベラ様には「そんなところはリュート様に似なくていい」と呆れられたけど。
補佐官としての仕事と、そのための勉強。補佐官としての休みの日は古巣で訓練にも参加する。
時間なんて全然足りない。やる事しかない。
私にできることは、必死に手を動かすことだけだ。
◇
レポートを書くのにまとまった時間が欲しくなったのでいったん細かい仕事を先にこなしていたら、もう夕方になっていた。
時間配分に失敗したなぁ……。
「リュート様。本をいくつかお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいよ、どれ?」
業務報告の後、レポートの残りは帰って自室でやるために書物の貸出許可をいただこうと声を掛ける。
「ええと、魔力場関係の本、になると思います。詳しい定義や解説が載っている本はありますでしょうか?」
貸して欲しい本の種類を告げるとリュートの手が止まり、赤茶色の瞳がこちらを向く。
「……サンビタリア、このあと時間ある?」
「え」
「夕食食べたら戻ってきて」
◇
「も、戻りました……」
夕食を急いで食べて顧問室に戻ってきたら、応接スペースに本が何冊か置かれていた。
「おかえり、じゃあ早速始めようか」
リュート様がソファに腰掛けながら告げる。
「この辺についての本は多いから、キミの理解度を確認しながら選んだ方が早い。今日の講義内容と疑問点、ノート全部持ってきて」
「お……お時間頂いてしまっていいんですか!?」
「いいよ。元々勉強させてるの僕だし、キミがこの辺ちゃんと理解してくれると日報確認とか今後の定期報告書の取りまとめも楽になる」
気にかけてもらえるのが嬉しくて、頬が上気しているのが自分でも分かる。
期待に応えられるよう頑張らないと!
「恐れ入ります、ありがとうございます!」
自机に戻り、講義関連の荷物をまとめて応接スペースに持ってくる。
「まず、ノートとか見ながらで良いから今日の講義の内容を僕に説明してみて」
「は、はい!ええと――」