15-1
初夏の爽やかな日差しが、鮮やかに新緑を照らしている。
今日はお姉様が来所する、発表会前の最後の調整日。
リュート様も参加されている。
私はもちろん、通常業務でお留守番だ。
日報の単位を揃え、とりまとめて綴じる。書類の差し戻しがあった部分を修正する。査読依頼分の月次報告書を確認し、日報と週報との齟齬を確認する。
一次提出書類や進行工程表を見直して各班に戻す。
そろそろリュート様がお戻りになる時間だな、と考えていたら10班の方で一瞬大きな魔力揺らぎが起きた。
警戒するが、すぐに揺らぎがなくなる。
何があったんだろう、と思っていたら、誰かが足早に廊下を進む音が聞こえた。
「この部屋?」
お姉様の声が扉のすぐ外で聞こえ、驚いて扉の方を向く。
その瞬間、がちゃり!と勢いよく扉が開き、お姉様と目が合った。
「……カレン」
駆け寄ってくるお姉様は何故か泣きそうな顔だった。
お姉様のそんな顔を見るのは初めてで、動揺していたらお姉様に抱きしめられる。えぇと、一体何が……?
「サンビタリア」
リュート様がお姉様の後を追うように顧問室に戻ってくる。
「ごめん、多分僕のせい」
「……はい?」
状況がわからず混乱していると、お姉様が口を開く。
「カレン……貴女、自分が悪いと思ってたの……?」
「お姉様?」
「その男から聞いたわ。貴女、自分が粗相をしたから、私に合わせる顔がないと思ってるんですって?」
リュート様の方を見ると、少し眉根を寄せて気まずそうな表情をしていた。
「そんな何年も禍根を残すような粗相を、キミがするなんて信じられなくて。クルーゼ嬢に何があったのかって聞いた。……勝手に聞いてごめん」
「い、いえ……」
気を遣ってくださったのであろうリュート様に感謝こそすれ、責める気などは全くない。
ただ、姉の尋常でない様子だけが気になった。
リュート様は姉に視線を移し、声をかける。
「でも結局、内容は聞けてない……なにがあったわけ?」
「言えるわけないでしょう!!!」
ビリビリと魔力の圧がかかる。お姉様の魔力が奔流となってこの部屋の空気を震わせる。
リュート様が魔力を使っている気配がする。おそらく周囲に影響が出ないように抑え込んでいるのだろう。
ああ、きっとさっきの魔力揺らぎもこれだったんだな、と妙に納得してしまった。
それにしても、お姉様の様子がおかしい。一体どうしたんだろう。
「あんな、あんな悍ましいこと……!」
「お姉様……?」
この顔は見た事がある。
私が、お客様に粗相をした後に見せた顔だ。
――あの時、私はどうして、お客様にお叱りを受けたんだっけ?
「あの時……」
「思い出さないで、思い出そうとしないで!!お願いだから!!」
何があったんですか?と聞こうとしたら、お姉様が私の頭を抱えるように抱いて制止された。
ガタガタと泣いて震えるお姉様は、明らかに常軌を逸している。
「貴女は何も思い出さなくていい、あれはわたくしの罪。わたくしが全部墓場まで持っていく。だから、だから……貴女は何も悪くない、それだけどうか分かって……」
お姉様の話が見えない。
というか、こんなに取り乱すなんて、もしかして別の話と勘違いしているのではないのか?という疑問がふと湧いた。
「あの……かくれんぼを、していた話で合ってますよね?」
私がそう聞いた瞬間、お姉様の表情が凍り、顔色が青白くなる。
「どこまで……覚えて……」
「えぇと、お客様に“かくれんぼしよう"って誘われて、“誰にも見つからない場所を教えて"って言われて……心当たりのある場所を案内していたら、何でか途中で怖くなって……?そしたらお客様がお怒りになって……ごめんなさい、細かいところがどうしても思い出せなくて――」
「カレン!」
私の言葉を遮ったお姉様が、震える手で私の両肩を掴み、私をまっすぐ見据える。
「それ以上思い出す必要はない。あの男は、貴女に……行動を正されて激昂しただけ。だから、貴女は悪くないのよ」
「そう、なんですか……?」
ずっと自分がなにか粗相をしてお客様を怒らせたのだと信じていたため、お姉様からの意外な言葉に、目を丸くしてしまう。
急に自分は悪くないと言われても、なんだか実感が湧かない。
「当たり前よ!あんな、大人の力で顔の形が変わるまで殴られて……貴女まだ9歳になったばかりだったのに」
そう言って、お姉様がはらはらと涙をこぼして泣き出してしまったので、慌てて背中をさする。
殴られた……そうだったっけ?なにか、とても怖かったことしか覚えていない。




