11-3
「馬っ鹿野郎!!!」
隣の部屋から男性護衛官の声が響いたかと思ったら、荒々しく扉が開く。
「開腹処置!」
「あら」
男は女性護衛官が広げている軍服をちらりと見て、苛立ちを吐き捨てるように言葉を続けた。
「起爆式だったそうだ。体中ナイフの破片まみれで歩き回ってやがった」
「あらあら、どこまで入り込んだかしら。破片見逃しそう」
入れ替わりで女性護衛官が聴取用の部屋に入っていく。
「こーら、カレンちゃん起きないの!魔力切れかけてるじゃない。私がやるから横になって……」
そんな会話が聞こえたのを最後に、扉が閉まった。
部屋に沈黙が降りる。
班長だと名乗っていた男は、「あー」と気まずそうに頭をガシガシかきながら口を開いた。
「騒がしくしてすんません……この敷地内、建物内の安全は確認済みです。皆さん、普通に過ごしていただいてもう大丈夫ですよ」
男の言葉に信じられない気持ちになる。
まるで、あの子の負傷は僕らに関係ないような物言いだった。
「あ、あの、サンビタリアさんは……!?」
ウェンがたまらず声を上げる。最初に声を掛けてしまった罪悪感からか、その顔はかなり蒼褪めている。
「ああ、あいつは大丈夫です。あー、先に言っときますが、現場時点でのあいつの判断は正しかった。部長さんを守りながら戦うなら、ああするしかなかったでしょう……。ま!その後申告無しでほっつき歩いてたのは説教ものですけどね」
男はなんでもない事……なんなら笑い話ですよ、とでもいうような軽快な口調で言葉を続ける。
「あいつの自己治癒と生存性能は護衛官の中でもバケモン級だったんで、本当に心配しなくていいです。……本当、『盾』の中でも肉盾適性高すぎんだよなアイツ」
最後の最後、その一言だけは少しだけ悔しそうに、ボソリと男が呟いた。
と、同時に扉が開く。
「うるさいですよ班長。聴取があるから早く来いって言ったの班長じゃないですか」
サンビタリアだった。話を聞いてなければ、血に塗れた軍服を見ていなければ、負傷していたなんてわからないぐらい。いつも通りの、僕の補佐官。
「最初に申告しろって言ってんだよ馬ー鹿!」
「別にいいじゃないですか、治せるし……ていうか聴取終わりましたよね?仕事戻っていいですか?」
男が愕然とする。大丈夫とは思っていたが、この後仕事をする気だとは思わなかったらしい。
「……お前本当にいつか死ぬぞ」
苦々しげに男が発した言葉に、サンビタリアは不思議そうな顔をする。
「何か問題でも?」
――心臓が、潰れるかと思うくらい痛んだ。
頭を抱えてしゃがみ込んだ男を無視してサンビタリアが部屋を見回す。僕に気付いたらしい。
ふわりと表情が柔らかくなり、嬉しそうに駆け寄ってくる。
……いつもの、顧問室にいる時の彼女だった。
「リュート様、いらしてたんですね!部長の様子を見に?」
「……うん、まぁ」
ここに居るのは成り行きというか、ウェンの付き添いという意味合いが強いけれど。それをいま彼女に伝えるのは違う気がして言葉を濁す。
「ふふ、ご安心ください!ゼフト部長には傷一つございませんので」
そう言って笑う彼女は、僕が知っているサンビタリアだ。
刺されたなんて、常人なら死にかけるような傷を負っていたなんて信じられなくて、頭が混乱する。
「業務に穴をあけてしまい申し訳ございませんでした、すぐ戻りますね!」
――ギリ、という音がするなと思ったら、自分の奥歯を噛みしめる音だった。
◇
部長と班長たちに挨拶をして、リュート様と顧問室に戻る。
ウェンさんにずっと謝られて、かえって申し訳なかった。どうか気にしないで欲しいと伝えたけれど大丈夫だろうか。
リュート様は、先ほどからずっと口を閉ざしたままだ。
私の負傷について説明を受けたらしいので、血生臭い話に気分を害してなければいいのだけれど……。
班長も班長だ。普通の人にあんなことを説明したら、想像して気分が悪くなるだろうに。なんで話してしまうんだろう。
顧問室に入ると、リュート様は執務机には向かわず立ち止まった。
私に背を向けたまま、話し始める。
「……サンビタリア」
「はい」
「ゼフトを守ってくれてありがとう。傷の具合は?」
リュート様からの感謝の言葉に、胸がいっぱいになる。
――ようやく私、お役に立てたかな?
嬉しさのあまりはしゃいでしまう。
「あんなの怪我のうちに入りませんのでご安心ください!またいつでもやりますので!」
そうお伝えした瞬間、リュート様が勢いよく振り向く。
腕を引かれたかと思うと、温かいものに包まれる。
……リュート様に、抱きしめられていた。
「え、えっ!?あ、あの、リュートさまっ……?」
あまりのことに頭が付いていかない。心臓が早鐘を打つ。
最初は動揺してしまったが、リュート様がずっと黙っていらっしゃるので、不思議に思いお顔をそっと覗き込む。
さっきまで暴れていた心臓が、凍り付くかと思った。
リュート様はとても……本当に、とても辛そうな、痛そうな顔をされていた。
歯を食いしばり、何かを耐えているようにも見える。
「あ、の……リュート、様……?」
改めて声をかけると、リュート様がひときわ強く私を抱きしめ、口を開く。
「もっと、もっと早く……キミを手放すべきだった」
「……え……」
なん、で……?
部長は守れたのに、ちゃんと任務をこなせたのに。
どうして「手放せばよかった」なんて仰るんだろう。
わからない、わからない――。
混乱する頭で分かったことはただ一つ、私はやっぱりお役に立てなかったということだけだった。




