幕間(1話の後)
「ああ、そうだ。サンビタリア、ちょっといい?」
リュート様が私の机まで来る。
立ちあがろうとしたら手で制された。
「この魔導具……動的術式っていうので動いてるんだけど」
リュート様が文導機――普段、書類作成や伝信魔術を送るときに使っているそれに触れる。
一見すると魔導式のタイプライターだけど、水状硝子が取り付けられたそれは、打ち込んだ文字が紙ではなく硝子に表示される。紙に印刷する前に文章を作成して誤字修正ができるので、とても助かる魔導具だ。
王城でも一部署に1台、大商会に1〜2台程度というその魔導具を自分専用に支給された上に、周りも当たり前のように専用機を使っていて、その光景にひどく驚いたことを覚えている。
リュート様は、文導機を見下ろしながら淡々とした表情で続ける。
「いま使ってるこれはかなり改良して便利にしたんだけど、他国では初期型すら解析が終わってないんだって」
「……え?」
「僕が十四の時に作ったやつだし、流石に終わってると思ってたんだけど……」
リュート様が十四歳の頃……大まかに言っても、十年経っている。我が国だけが技術的な成功をおさめているわけでは決してない。他国では術式構造学など新たな知見が生まれ、リュート様や班長たちも、他国の論文を楽しそうに読んでいる。
それなのに、再現どころか解析も終わってない……?
「動的術式は陣継承とは違うから、慣れてない人は読み取りづらいとは思うけど……1班はみんな書けるし、自分で文導機に機能追加してる人もいるから、他の国もそんなものかなと思ってたんだけどね」
リュート様は相変わらずの無表情で話す。
「おかげで僕はまだ狙われてるうえに、1班員はみんな機密対象。僕ほどじゃないけど、外出時は追跡魔導具の所持がいるし、班長は警邏の護衛が居ないと外出不可。
文導機の機能追加版なんて、この技術部棟から持ち出すのも禁止されてる……で、キミのこれ」
そう言って、リュート様は改めて私の文導機に触れる。
「勿論、機能追加版。個人の魔力紋を用いた伝信魔術と、雛形登録機能はまだ国内でも流通させてないから、絶対に持ち出しも、機能について口外もしないで。いい?」
「わ、分かりました!」
「うん、よろしく。初日に話すと緊張するかなと思って、そのまま言うの忘れてた、ごめん」
「……お気遣いありがとうございます……」
昨日も思いましたけど……リュート様って、機密とか、あまり気にされない方ですね……?