10-1
朝、まだあまり忙しくないのに起きると頭痛がする。
回復術式を使ってもすぐに再発するので、最近は痛覚遮断を使っている。
寮の中庭で基本の型をなぞる。
痛覚遮断したままのそれに、護衛官時代を思い出して少し懐かしい気持ちになった。
日課をこなして技術部棟に向かう。
今日のスケジュールは何だっけ……いつもなら当たり前に頭に染み付くはずの予定が、最近はあまり入らないのでメモが増えた。
顧問室に入り、いつもの流れをこなす。
時間になってもリュート様が起きてこないので仮眠室の扉をノックする。
返事がない。
こういう時は中に入って起こしていいことになっているので、そっと扉を開く。
相変わらず仮眠室も本で埋まっており、リュート様は本棚の一画で寝ているようにすら見えた。
起こそうと近づいたはずなのに、リュート様の寝顔を見て、つい微笑んでしまう。
眠っていて力が抜けているからか、いつもの無表情よりも幼く見える。
眼鏡を外しているので、睫毛が長く端正な顔立ちであることがよくわかる。
リュート様が寝てる間、ほんの少しでいいから。
――見つめることを、どうか許してほしい。
とはいえあまり見ては失礼だろうと、数秒で頭を切り替え声をかける。
「リュート様、おはようございます!朝ですよ」
身じろぎをして目を覚ますリュート様。
ふるり、と震える睫毛が、ゆっくり開かれる瞳が綺麗だなと、いつも思う。
「おはよ……サンビタリア」
「おはようございます、リュート様」
当たり前のようにこの方と過ごせる日々は、なんてしあわせなんだろう。
◇
「1班も2班も結構な無茶振りだったのに、日報きっちり書いてくれてる」
「ふふ、リュート様が足繁く通われたからでは?」
リュート様が私の淹れたお茶を飲みながら日報を読む。
手の震えや躊躇いはすっかりなくなっており、信頼してくださっているようで嬉しい。
「今日はクルーゼ嬢が来所予定だって」
「はい、先日の改良型術式との比較検証と聞いています」
リュート様が私を見て問う。
「……本当にお姉さんと会わなくていいの?」
先日、お姉さまが来た時のことを思い出す。
リュート様とお姉様、お二人はとても柔らかい雰囲気で、お姉様は嬉しそうだった。
お姉様はきっと、私がいるとあの笑顔を見せてくださらない。
「実は、その……幼い頃に私が粗相をしてから、会わせる顔がないといいますか……」
「……そうなの?」
リュート様が訝しむような声をあげる。
「はい、子どもの頃、粗相をしてお客様を怒らせてしまったことがあって……小さくてよく覚えていないのですが、そのせいでお姉様がとてもお怒りだったことは覚えています」
本当に当時の記憶は朧げで、それでも姉が泣きながら何か叫んでいたことだけは覚えている。
「それ以来、面と向かってまともにお話もして頂けないんです。……本当に、なにやったんでしょうね、私」
思わず力なく微笑む。
私はいつもこうだ。何かしようと頑張って、空回りして、結局迷惑をかける。
――貴様が役立つことなどあるわけがないだろう。外に出て恥を晒すな――
――火にくべて燃料にしても匂いそうだしぃ、ねえ、お前、何の役ならたつの?――
親族達の声が脳内に響く。
――私は本当に、ただの役立たずだ。
「サンビタリア?」
ハッとして顔を上げると、リュート様がこちらを見ていた。表情こそ淡々としているが、目の奥に心配の色が見てとれる。
ああ、またやってしまった。
にこりと微笑み、頭を切り替える。
「失礼致しました、リュート様は今回不参加でよろしいのですか?」
「……うん、必要があれば行くけど、いまのところわざわざ行く必要もない。むしろ査読が溜まってるからやらないと」
「かしこまりました」
リュート様が査読をし、私は日報をまとめて綴じ、関係書類の作成やスケジュール調整などの事務作業を行う。
久しぶりに日常が戻ってきた気がするな、なんて思っていたら顧問室の扉がノックされた。




