9-2(モブ視点)
「浸透用の試験水どこ!?」
「洗浄終わってて均質化チェックまわしてる途中ー!!」
「ねぇ終わる?これ終わる……?」
先日、うちのリーリが主体で開いた会議以降、10班の借りている大実験場に、1・2班が加わった。
そして――そこから、ありとあらゆる物事のスピードが跳ね上がった。
検証・改良・再検証しながらの考察、分析、改良、また再検証。
「こっちの術式仕様変更終わった?」
「二次チェックまだ!」
「陣記述用の魔導硝子は?」
「まだあるけどさぁ、なんかもう、もったいないから再記述できる合成金属じゃダメ?」
「馬鹿野郎、環境変えんな。硝子だって洗浄して再融解である程度使い回しできるだろ」
目まぐるしく動き、飛び交うやりとりに未だ驚きを隠せない。
密封容器を抱えた、2班の若い女性技術部員が駆け込んでくる。
「銀触媒 230番できましたー!同仕様でとりあえず5個!」
「おーしこっち回せ!あとそこに検証結果あるから持ってって次の調整頼む」
「あいよー!……って仕様めっちゃ変わってない?仕様書どこ!?」
触媒の試行数に眩暈がする。230番……?
今までも部内依頼で何回か作ってもらったけど、試行数は二桁に抑えていたはずだ。
2班が直接介入した結果、再調整の頻度と速度がおかしい。
予算は部長からもぎ取ったと聞いているけれど、さすがに銀を乱用しすぎなのでは……?
「あ、でも基幹部分は変わってない、助かった……!」
「せっかくうまくいってる古魔術部分は変えねぇよ。下手に触ったら崩れるし、そもそも10班の担当だ」
「本当に、古魔術だけで運用してるとこまでは素直な挙動してるよねぇ」
どうして古魔術担当の私たち10班が、聖女研究の基幹班になったのか。全ては古魔術ならではの"説明できない事象"故だ。
神秘や神性が身近な時代の、“何故か動く“術式たち。
研究発表会の決定から開催までたった9ヶ月、現代魔術からのアプローチでは到底間に合わない準備期間に間に合わせるため、基幹部分は古魔術が採用された。
2班員が検証結果と仕様書を抱えて部屋を出ようとした瞬間、観測術式陣からバチっ!と火花が散り、硝子にヒビが入る音がする。
2班、すなわち素材研究系の班員である彼女は部屋から出ることなく戻ってきた。
「あー、焼けた?観測術式用の記述素材、見直す?」
「いや、これ陣整理して、負担分散込みで考え直した方が現実的だわ……現実的なんだけどさぁあああ」
「二波動観測するってなってから、丸二日かけて継ぎ足し継ぎ足しでここまで複雑になっちゃったこれ、どう分解しよっか……」
「今からこの観測式、設計組み直すの?仕様チェック誰がすんの……?」
1班員が頭を抱えて呻いているなか、実験場の扉が開く。
「おつかれ、大丈夫?」
赤茶髪の男の登場で、一瞬で場の空気が変わる。
顧問研究員のリュート様だ。
「リュート様、ご相談が……」
リュート様が火花を飛ばした術式を一瞥して、状況を理解する。
「継ぎ足しで作るからだよ……3時間くれる?僕が組み直す。現行の記述内容誰か持ってたら頂戴。あと記述用素材の仕様見せて。なるべく素材に合わせた記述に変える」
「よっしゃ!」
「わぁいリュート様相変わらずエグすぎる」
リュート様の発言が意味不明すぎて、理解するのに数秒を要した。
――いや待って、3時間で終わる作業量じゃないでしょう!?
そう思うのに、1班員は誰も疑問に思っていないようで……まさかと思うけど、いつものことなの?
国が彼を軟禁している理由が、少しだけ分かった気がした。
「それまでは神職術式との二波動観測はいったん止めていい。というかローゼスが神職術式との複合改良してるはずだから、記述した分の仕様チェックと調整サポートに何人か入って。残りは"継ぎ足し前"の観測術式に項目追加だけして、銀触媒側の調整からのみアプローチした場合の変質領域の観測データ、ひたすら集めて」
「はい!」
「じゃあ、ローゼスに声かけてきますね〜」
バロワ班長が実験場を出るのを見送りつつ、つい考える。
……観測術式の項目追加って、そんな簡単だったっけ?
思わず同僚を見ると、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「位相観測は?アタリは伝えたはずだけど」
「指定箇所に限定しての観測は多分できてますが、それでも情報量が膨大すぎて書き出しがまだ上がってきてないので、明言は避けたいです……」
「わかった。最終的な確定情報が欲しいだけだから焦らなくていい。解析結果予想して暫定的に観測術式に組み込んでおくから、骨子作ったタイミングでまた経過確認させて」
「記述用の素材見直しましょうか?」
「予算はゼフトにどうにかさせるから気にしなくていい。効率面で変更を視野に入れた方がいい場合だけ教えて」
「現在の浸透記録です、もう少し細かくしますか?」
「見せて……この頻度で大丈夫。綺麗にとれてる。項目追加だけよろしく」
「はい!」
その後もいくつかの受け答えをするたびに、1・2班の研究員たちの表情が明るくなり、士気が上がる。
……待って、もう、夜だよ?
リュート様、3時間後って日付変わった後ですよ?
それまで観測回し続けて、その後検証とデータ確認って、本気ですか!?
戦慄する私たち10班員に気付かず、士気が上がった1・2班の研究員たちが声を上げる。
「おーし、やるぞー!」
「仮眠ローテ組むよー」
「リュート様、発表会まで終わったら、また顧問室で飲み会していいです?」
「応接スペース以外には飲食物置かないって約束できるなら、別にいいよ。本とか文献汚したら出禁にするけど」
「やったーー!!」
「顧問室の文献読める―!夜通し読んで語るぞー!!」
1班も2班も、基礎研究の班って聞いてたから、てっきりもっと物静かな人たちかと思ってた。
リュート様も、いつも無表情だし口調も淡々としているので静かな方かと思ったら、案外ノリがいい……ていうか仲良いな。
苦笑いをしながら、うちも負けていられないと今回の基幹に採用した古魔術の出典と、それの複数言語版、周辺関連書物たちの山に相対する。
「私達もやれることをやろっか!向こうの術式を古魔術に組み込めるかどうかは、私達次第だからね……!」
私たちの仕事は、古代と現代を繋ぐ事。それはいつもの研究でも、今回の案件でも変わらないのだ。




