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9-1

夜、業務を終えて帰ろうとしたら、10班――第十研究室の灯りが見えた。

そっとのぞき込むと、本の山に囲まれたリーリが水状硝子に何かを書き込んでいるところだった。


真剣な顔、輝く鈴蘭色の瞳。

以前リュート様にも感じた、静かな熱意がそこにあった。


クルーゼお姉様が来るようになってから、リーリはすっかり研究に熱中している。

先日の会議を経てからはとうとう寮に戻らなくなり、ずっと技術部棟に泊まり込んでいるようだった。


「……リーリ、一緒に寮に戻らない?」

さすがに心配になり声をかけたが、笑顔が返ってくる。


「大丈夫ですよ、カレンさん!私以外もみんな実験場で試験中ですし、まだまだ頑張れますっ!」

きらきらとした笑顔と、鈴蘭色の瞳が眩しいな、と思う。


「じゃあ、お茶くらいなら淹れていってもいい?」

「ふふっ、そこまで言われたらお言葉に甘えないとですね。ありがとうございます!」


給湯場を借りてお茶を淹れていると、リーリから声をかけられた。

「……カレンさん、この間の会議、覚えてます?」



「数値も波長も、魔力質はほぼ同じなのに、水に浸透させた時の性能数値が一般流通品を下回ります。皆様のお知恵をいただけますでしょうか」

10班主催の緊急会議で口火を切ったリーリは、心底悔しそうにしていた。


緊急の会議だったにも関わらず、ゼフト部長とリュート様、技術開発部の柱となるお二人が揃う。

それだけでも、魔術院がこの案件をどれほど重要視しているかを物語っていた。


ゼフト部長が配布資料を確認しながらリーリと話す。

「魔力変質は許容範囲内。問題は性能再現かぁ、基幹は古魔術から変更してないな?」

「はい。銀を触媒に、波動を強めて水に浸透させています」


「観測陣の記録と術式見せて」

リュート様がそういうと資料に目を通しながら口を開く。

「……2班に銀触媒の調整回していいよ。これ浸透率定量化してる?」


パラリと紙をめくる音と、リュート様の声が続く。

「水そのものも変質してる可能性が高いから観測データは時系列でもう少し詳細に取って。共振率と密度変化、魔力波種とか。干渉領域の変異は特に。あと、神性のランク指標は最終性能準拠だと今回みたいにブレる。再考して」

「はい」

カリカリ、とペンが走る音がする。


「古魔術ベースの再現術式の発想自体は悪くないと思うよ、この第二式で一時取得してる情報だけ見たら綺麗に再現されてる。問題は水への浸透を開始した第四式以降かな……」

リュート様はそこまで言うと少しだけ考えるそぶりを見せ、言葉を続ける。


「……位相がズレた?確定させるには分析するしかないか……。ゼフト、分析と並行して、念のため術式の改良案もいくつか走らせよう。神職系の浄化術式でなんとかなると思う?」

「あー、波動型か。言いたい事はわかるが……二重変質を同期させて伝導させるのか?しかも増幅付きで」


ゼフト部長の眉根に皺が寄る。

「波動変質の進行段階を何段階に割るか次第だが、変数が指数的に増える。観測制御しきれるか?」

「ある程度自動観測と調整機能も実装すればいけるんじゃない?ログ取りもつけて」


バロワ班長の顔が強張り、ゼフト部長が彼の気持ちを代弁する。

「観測術式までこれ以上複雑にする気かよ……」


リュート様はそれに対し、なんてことないように淡々と返す。

「1班からも何人か貸すよ。特に観測系はうちの方が得意だと思うから。元々古魔術ベースにしたのって、その方が神秘や神性術式と相性がいいと思ったからでしょ。位相解析、観測術式の改良はうちとバロワ。ローゼスは浸透術式の他神職系術式との組み合わせ、もうちょっと考えてみたら?」



「はい、どうぞ」

あの日の会議を思い出しながらお茶を淹れ、リーリに手渡す。


「ありがとうございます」

カップを見つめたまま、リーリがぽつりぽつりと話す。


「クルーゼ様とお会いして、こんな素敵な方がいるんだって、感動しました。すごく憧れて……」

「うん」

「この間の会議も……それまで手詰まりで、何をやったらいいのか全然わからなかったんです。でも、ゼフト部長やリュート様に相談したら、あっという間に色んなことが動いて、決まって。……すごく、すごくカッコいいなって思ったんです」

「うん」


リーリがゆっくりと顔を上げる。その瞳は綺羅星のように輝いていた。


「カレンさん、私、皆さんみたいになりたい。もっとカッコよくて、素敵になりたいんです!」


えへへと笑うリーリは、私からすれば、もう十分カッコよくて、素敵なのに。さらなる高みを目指して笑う彼女自身も、やっぱり綺羅星のように輝いて見えた。

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