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ゆっくり話が聞きたいらしい聖女サマのために、ゼフトから部長室の応接スペースを借りる。
第十研究室から部長室までの道すがらも、聖女サマからの質問攻撃が続いた。
「リュート様。貴方がカレンの……業務?をご存知でいらっしゃるの?」
本当に、色々と貴族令嬢らしい貴族令嬢だな、と思う。
「彼女は僕の補佐官ですので、互いの業務を把握しております」
「まあ!そうでしたの」
白々しい。ゼフトから借りた鍵で扉を開け、部長室に入るとすぐにクルーゼ嬢に向き合った。
「……さっきから何が言いたいわけ?君、僕のこと知ってるでしょ」
そもそもサンビタリアを僕の補佐官に推薦したのは、サンビタリア家当主である父親と彼女、クルーゼ・サンビタリアのはずだ。
あの子が僕の補佐官であることも、僕自身のことも知らないはずはない。
僕が態度を変えたからか、先ほどまで貴族令嬢らしく振舞っていたクルーゼ嬢が、腹芸を止める。
「……こんなに若い男だと知っていたら、あの子を紹介なんてしなかったわよ。あなた、カレンに何かしてないでしょうね?」
何かしたそうなのは君の妹のほうだよ。と言いたいのを寸でのところで堪えた。
「そんな心配するなら、あとで仕事ぶり見せてもらえば」
「それが出来れば苦労はしないわよ!」
「君ら、どうしてそう姉妹で遠慮しあってるわけ?」
「うるさいわね、こっちにも事情があるのよ」
「ああそう。事情とやらが解決したらついでに魔力コントロールも教えてもらいなよ、君の流す魔力、ムラがありすぎて計測にかなり時間かかった」
「……ほんとう?」
続いていた応酬が、急に止まる。
見ればクルーゼ嬢は呆気にとられたような顔をしていた。
「カレンの方が、わたくしよりすごい?」
一瞬迷うが、彼女の瞳の奥に期待の色が見えた気がしたので正直に答える。
「君は魔力質も特異だし、魔力量は人外級。出力と濃度も凄まじくて、正直、歴史に残るレベルだよ。けど、魔力コントロールや精度……魔術士としての技能なら僕の補佐官の方が優れてる」
「そう……そうなのね!」
ぱぁっと明るい笑顔を浮かべるクルーゼ嬢。
その顔が僕の補佐官そっくりで、やっぱり姉妹なんだなと実感した。
「すごい!そんな事言われたの初めてよ!!……ねえ、カレンはどうして私たちのような攻撃魔術は使えないの?」
「それは、そもそも出力スケールが違うだけの話。あの子は確かに高出力の攻撃魔術は使えないけど、君だって治癒魔術みたいな細かい調整が要る魔術、使えないでしょ?」
クルーゼ嬢は少し考え、口を開く。
「……水盆で小さなティーカップに水を入れようとすると、零れてうまく入らない。みたいな話で合ってる?」
「そう。逆にティーポットで火を消す勢いの水はかけられない」
体の力が解けたように、クルーゼ嬢はソファに座りこんだ。
「うちの一族は、水盆しかいなかったのねぇ……」
「そういうことだろうね、なまじっか強いせいで支援系術式への適性理解も浅そうだし」
「そう、そうなの……ふふっ」
頬を赤らめ笑うクルーゼ嬢は、心の底から湧き上がる喜びを噛みしめているようだった。
「……紹介して正解だったわ。ここにはカレンの居場所、ちゃんとあるのね」
「君……」
「わたくしは、多分これからもカレンを表立って守れない」
瑠璃色の瞳が、まっすぐに僕を見る。
「……カレンをよろしくね」
◇
お姉様は今頃どうされているかしら……。
そんなことを考えながら仕事をする。
週次報告会で、リュート様からの確認点を班長達に伝える。議論を聞き、メモを取り、最終的な返答を記録する。
顧問室に戻ってきて議事録を打ち起こす。昨日提出分の日報をとりまとめて綴じる。3班に新しく打診が来た依頼案件についての周辺資料を集める。
共用書架から戻ろうと廊下を歩いていると、部長室からリュート様とお姉様が出てくるのが見えて、心臓が跳ねた。
慌てて角に身を隠す。
お姉様が嬉しそうな顔で、リュート様に微笑む。
白磁のような美しい肌。
頬は薔薇色に染まり、とても美しい。
「お話しできてよかったわ、ありがとう」
「こちらこそ」
リュート様はこちらに背を向けていらしたが、声も雰囲気も、とても柔らかかった。
お二人とも、とても見目麗しいからだろうか。それとも、本当に才能のあるお二人だからだろうか……並んでいる姿が、まるで絵画のように美しかった。
――キミの気持ちには応えられない。部下として扱う。……それでいい?――
何故か、以前リュート様に言われた言葉が頭をよぎった。
……リュート様の隣は、どんな方が射止めるんだろう。
もしクルーゼお姉様だったら、リュート様とずっと関わりあいになれるな、なんて馬鹿なことを考えてしまった。




