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「……サンビタリア?」


恐る恐る入室した私を出迎えたのは、怪訝そうなリュート様のお声と、薬草のいい香りだった。


目の前の光景が信じられず、思わず凝視してしまう。

顧問室に入ってすぐのところにある応接スペース、そこのソファで書類を読んでいたのであろうリュート様の傍らには、取っ手のない陶器のコップが置かれていた。

香りからして薬草茶か何かだろう。


「こんな時間にどうしたの。何かあった?」

書類を伏せ立ち上がったリュート様に、己がお茶に気を取られていたことを自覚し慌てて答える。


「あの、明日のお打ち合わせの資料をリュート様にお渡ししておらず……申し訳ございません」

「明日……地質調査の?明日でいいのに。口頭報告聞いてる限り前の資料からそこまで変わってないし」


リュート様は仕事そのものについては話の分かる上司だ。

口頭報告したものは基本的に覚えていてくださるし、案件が重なっても優先順位を的確に指示してくださる。

今回の資料だって、以前に作成した資料を覚えていたうえで話を聞いてくださっているので、直前までに資料をもらえばいいと本当に思っているに違いない。


でも、だからこそ、私はリュート様の有能さに甘えていてはいけない。

まずは細やかにきっちり仕事をして、リュート様が安心して仕事を任せられる補佐官にならないと!


「いえ。口頭で報告はしていますが変更はありますし、こんな時間に今更かもしれませんが、少しでも早くお渡ししたいなと……」

自分の机に向かい、資料を手に取るとそのままリュート様にお渡しする。


リュート様は受け取ると小さく頷く。表情が全く動かないので感情は読み取れなかった。

「そう。じゃあ受け取ったしキミは寮に戻って睡眠とろうか」

「は、はい!ありがとうございました!」

お時間をとらせてしまったことが申し訳ない。

それに私が居るとリュート様が思うように仕事と……お茶が飲めないだろう、と慌てて執務室を出ようとしたタイミングで、「待って」と声をかけられた。


「こんな時間だし寮まで送る」



「重ね重ね申し訳ございません……」

「別に。魔導院の敷地内とはいえさすがに深夜だから」


リュート様と2人、寮までの夜道を歩く。

魔導院により管理されているこの区画は、王都にある上に外周に強固な警備が敷かれているが、それでも年に数件侵入未遂事件が起こる。

国の最先端技術というものは、我が国だけでなく、他国や商会にとってもそれだけの意味があるためだ。


結局リュート様の邪魔になってしまった、と落ち込みながら歩く。

リュート様もあまり雑談しないタイプなので、当然ながら会話は弾まない。


「……ウェンに聞いたけど」

沈黙を気にしてなのか、つい思いついたからなのかは分からないけれど、リュート様が声をかけてくださる。


「勉強してるんだ?」

「え、……えぇっ?」

確かにトベラ様には勉強に使えそうな書物をいくつか紹介してもらっていたけれど、コッソリ勉強していたつもりだったので気恥ずかしい。

つい驚いた声をあげてしまうと、リュート様はほんの少しだけこちらを見て、また歩を進める。


「ウェンがキミに読むよう伝えた本は全部報告受けてる。翻訳本とか古い本だと言い回しに癖があったりするから、齟齬がないように」

「な、なるほど……」

「いま、どの本のどこまで読んでる?」

「ええと――」


これまで読んだ本と、今読んでいる本と章の名前、慌てていたせいで、何処で詰まっているかなんて余計なことまで話してしまう。

「ふぅん……陣継承における魔力保存則はみんな躓くから気にしなくていいよ。班員から上がってくる報告書だってたまに計算ミスで突き返してるし、僕も普段は計算用の魔導具に、使う定理の指定だけして計算させちゃうし」

「え……自作ですか?」

「うん。僕の机の水状硝子と文導機の横に、小さい箱みたいなのが接続されてるでしょ?あれだよ」


陣継承――複数の魔術式を組み合わせて一つの事象を起こす時、組み合わせる魔術式の種類や数で魔力が発動時までに消費され、減少した上で変質・変換される。

どれくらい減るか、どう変質するかは、国際的に確立された定理や計算手法で理論化されている。


個人が発動する分には「何となく」で調整が効くが、魔導具の場合そうはいかない。

誰が使っても想定通りの出力を出す、という当たり前のことを再現するための理論値計算は、必ず発生する。


あの定理を全部記憶させて、更に条件分岐パターンも全部設定して自動計算できる魔導具を自己開発して使ってる……???

凄すぎて気が遠くなる。昔から計算機は幾度となく開発されてきたけれど、リュート様のそれは明らかに一線を画していた。


「み、みなさん使ってるんですか?」

「計算指示自体は動的術式で書くから、今のところ使ってるのは僕と1班だけかな」

ちなみに動的術式とは陣継承とは違う術式記載の方法らしい。まずは陣継承を理解してからと、詳しいことは教えてもらえなかった。


「……あ」

「ど、どうされました?」

「ごめん、今の話忘れて。あの計算魔導具、機密指定されたの忘れてた」

「……そうでしょうね……」

先ほどのお話を聞いている限りでも、そこまでの魔導具、あるとバレただけで国家間の情報戦に突入すると思います……。


そうこうしているうちに寮の前に着く。

「リュート様、お忙しい中本当にありがとうございました」

「気にしなくていいよ、おやすみ」


おやすみって言っていただけた……!!

嬉しくて仕方ないけれど、そもそもの発端は私が仕事をひとつ失念していたからだ。


明日はきちんと仕事をしようと、部屋に戻ってすぐに寝台に潜り込んだ。



「おはようございます」

朝、支度を済ませて顧問室に入る。

室内はとても静かで、隣の仮眠室にいるであろうリュート様はまだお休みのようだ。


昨日の夜は色々とお騒がせしてしまったので、今日こそは頑張ろうと気合を入れて自机に向かうと、昨日までなかった本が置いてあることに気付いた。


「『魔力保存則基礎論』……」

タイトルを見て、昨夜の会話を思い出す。

まさかな、と思っていると本のそばに「初学者向け」と書かれたメモも置かれていた。

ここ最近最もよく見る筆跡で、誰の字かなんて、考えなくても分かる。


「〜〜〜〜っ!」

ぶわり、と全身が熱くなる。

どうしよう、嬉しい……!!!

リュート様が私のことを気にかけてくださった上に、本まで選んでくださったのだ。嬉しくないわけがない。

感激のあまり泣きそうになる。


「ありがとうございます、リュート様」

そっと本を抱きしめて気持ちを整える。


今日も1日、リュート様のお役に立てるように頑張ろう。

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