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6-3

朝、カウチソファで目を覚ます。

リュート様は昨夜話していた通り執務机で本を読んでいて、本当に寝ていないようだった。


私が起きた気配に気づいたのか、声をかけてくる。

「おはよ、サンビタリア……奥、湯浴みしたいなら使っていいよ」

「お、、はよ、ござい、ます」

働かない頭を何とか動かし、返事を返す。

ギシギシと悲鳴を上げる体は回復術式ですぐに黙らせた。


「大丈夫?まだ明け方だし、もう少し寝てれば?」

「いえ、だいじょぶ、です……」

お茶でも飲んで、眠気覚ましの術式もかけようかな、なんてぼんやり考えていたのがいけなかった。


「お茶でも、お淹れしましょうか……?」


一瞬、時が止まった気がした。

――いま、私は何を言った?


「た、大変失礼いたしました……!」

リュート様の顔が怖くて見れないまま、慌てて頭を下げる。

どくどくと心臓が暴れているのに、血の気が引いていく感覚がする。


どうしよう、どうしよう……!

そう思っていた私に届いたのは、穏やかな声だった。


「うん、お願いしようかな」

「……え?」

「ちょっと待ってて」


リュート様は仮眠室に行くと、小さな木箱を持って戻ってきた。

「……茶箱?」

「さすが貴族令嬢。これ、いつも飲んでる薬草茶」

そういうと、リュート様はなんでもないように私にその箱を渡してくる。


「淹れ方にこだわりはないから、任せる」

「え、え?あの、いいん、です、か……?」

思わず恐る恐る聞いてしまう。

だって、人が用意したものを口にするのは難しいって、補佐になりたての頃は、何度お茶をお出ししても飲んでくださらなくて……。


「いいよ、よろしく」



震える手でなんとかお茶を淹れ、執務室に戻る。

リュート様は席ではなく、執務机に寄りかかるように立って待っていらした。


「ど、どうぞ……」

いつかのように、執務机の空いているスペースにコップを置く。


リュート様の様子をそっと窺うと、右手を何度も開いたり閉じたりしながら、お茶の入ったコップをジッと見ていた。

ふと、動きに違和感を覚える。

肩や二の腕までは動こうとしているのに、肘から先に力がうまく込められないような……。

手が思うように動かせない、そう感じさせる動きだった。


もう少しで「無理なさらなくても」と声が出そうだったけれど、それよりも前に、無理やり動かしたといって差し支えない動きで、リュート様の手がコップに届く。

リュート様はそのまま軽く息を整えてから、コップを口元に運び、コクリ、と一口薬草茶を嚥下した。


「……いつも淹れてる僕より美味しい。お茶淹れるのうまいんだね」

飲んで、くださった。


――私の淹れたお茶、飲んでくださった……!


全身にぶわり、と喜びが広がり、肌が粟立つ。全身の血が沸騰したみたいに身体が熱くなった。

こんなに幸せなことって、生まれて初めてかもしれない。

涙が溢れそうになるが、必死にこらえる。


「……眠気覚ましに、昔話でもしようか」

リュート様はさらに一口お茶を飲むと、言葉を続ける。


「薬を盛られたことがあるんだ……何度も」

何を言われたのか、分からなかった。


「リュート様……?」

技術部(ここ)に来る前……侯爵家に居た頃の話。魔導具や術式の相談って体で呼び出されたサロンとかで、出される飲食物に薬や付与術式がかかってるのは珍しくなかった。

僕を言いなりにでもしたかったのかな……誘拐用の痺れ薬や依存性の高い薬物は、特によく盛られた」


ちらり、と執務机の上を見る。

魔力で線が描ける水状硝子。書類作成時に使っている文導機。

いずれも無いことなんて考えられないくらい、当たり前のように使っているこれらの道具。

――全部、リュート様が少年時代に発明したものの改良品だと聞いている。


リュート様は幼い頃から才能を見出され、10歳くらいの頃に生家である子爵家から遠縁の侯爵家に養子入りした、その事実は知っていたけれど。

そんな大人の悪意に巻き込まれていたなんて。

リュート様のお話が本当なら、そこから18歳で技術部入りするまで……つまり、十代のほとんどをそのように過ごされていたことになる。


「こ、侯爵家の対応はなかったんですか?」

「外出先については防ぎきれなかった、が正しいかな……まあ、最終的には屋敷の中でも盛られたけど」


あまりの事実に息が詰まる。

侯爵家ほどの家の場合、管理責任を問われるような事が発生すること自体、本来なら大変な醜聞だ。

おそらく内々に処理されたのだろう。


「屋敷内で盛られたのは、それまでに比べたら動機も薬自体も……本当に、本当にしょうもないモノだった。

でも、どうしてかそれ以来、食事やお茶を出されても、うまく手が動かせなくて……解析術式使えばいいだけって、頭ではわかってるんだけどね」

そうお話しくださるリュート様は、相変わらず淡々としていて感情が読めない。


「お茶、今まで飲んであげられなくてごめん。キミに原因があったわけじゃない……僕のせいだ」


ぽろぽろと、涙が頬を伝う。

「――っ」

リュート様のせいじゃないって伝えたいのに、口を開いたら嗚咽が出そうで言葉が出せない。

代わりにぶんぶんと首を振る。


「……ありがとう」

そういうと、リュート様はもう一口、お茶を飲んだ。

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