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6-2

「あ、カレンさんだー」

夕食を終え顧問室に戻ろうと廊下を歩いていると、リーリから声をかけられた。

いつもより疲れが見えるのに、目が輝いている。


「どうしたの、リーリ」

「えへへー、部長知りません?」

「会議って聞いてるけど……本当にどうしたの?フラフラじゃない」

「あー、古い文献漁ってたら楽しくて徹夜しちゃって」

「……もう」

この建物内に、誰か一人でもまともに睡眠を取れている人間はいるのだろうか。


「そっかー部長もいないかー……じゃあリュート様でいっか!」

言うが早いか顧問室に向かって走り始めるリーリに、慌ててついていく。

「ちょっ、リーリ?何してるの!?」

「いやー、面白い発見したのに班長集中してて全然話聞いてくれないんですよー!!」

「待って!!!」

だからってどうしてリュート様なの!?



「――というわけで、この地域の当時の陣継承は、今見つけた範囲だと絶対にこの単語が付いてくるんですよ!」

「へぇ、”滝”って意味だっけ?」

「そうです!同時代の別の地域では"河"で陣起動時に魔力が流れてる向きを定義してたんですけど、これ、似てますよね!?

しかもこの”滝”の言い回しだけこの時代よりさらに古いので、おそらくこの地域だけ慣例的に――」

すごく楽しそうに話すリーリと、それを聞くリュート様。

仕事をする手は、完全に止まっている。


止めなきゃいけないのに、リュート様の目があまりにも楽しそうに輝いていて、どうしても言葉が出ない。

せめて私だけでも、と文導機に向かい手を動かしていると、ゼフト部長がやってきた。


「ローゼス〜、そんなに誰かに話したいなら、お前それレポート追加な」

「えっ!?いいんですか!?ありがとうございます、頑張ります!!」

リーリは仕事が増えたと言うのに嬉しそうに破顔する。

疲れてボロボロのはずなのに、すごく可愛かった。


「お前ねぇ……ほらバロワが探してたぞ」

「えっ、大変!すぐ戻ります!!お邪魔しましたー!」

バタバタと顧問室から出ていくリーリ。

「まったく……邪魔したなリュート、サンビタリア」

ゼフト部長もそのまま退室していく。本当にリーリを回収しにきただけらしい。


さっきまで明るい声が響いていた顧問室が、途端に静寂に包まれる。


いつもなら気にならない沈黙が気まずくて、リュート様に声をかける。

「リュート様、リーリを止められず申し訳ございませんでした」


「別に、いい気分転換になった」

忙しさで苛々していたはずのリュート様は、一転して上機嫌になっていた。よほど楽しかったらしい。


――リーリは本当にすごいなぁ。

あっという間に空気を温かくしてしまう。


部屋の空気を変えることも、リュート様と議論することも、私には出来ないことだ。

……どうすれば私も、リーリみたいになれるんだろう。

私も、リュート様に何かして差し上げられる事があればいいのに。


リーリみたいに明るかったら、聡明だったら、愛らしかったら……リュート様は、私の想いに応えてくれたのだろうか。



仕事を再開してからどれくらいの時間が経ったのか。

あまりにも静かだったのでふと窓の外を見ると、雪が降っていた。

ちらりとリュート様を見る。

水状硝子にメモや計算式を書き、少し考えてから紙に書いたり文導機に打ち込んでいる。


眼差しは真剣そのもので、リーリと語らっていた時とは違う、静かな熱を感じる。

本当にこの仕事が好きでやっているのだと、一目で分かる熱心さだ。


眩しいな、とふと思った。

暖かな暖炉のような、秋の夕暮れのような、そんな眩しさと暖かさ。

その熱に導かれるように自机に向き直し、集中しようと息を吐く。

――仕事をしよう。

私がこの方のお傍にいるには、仕事上の価値を示すしかないのだから。


お互いの紙をめくる音、ペンを走らせる音、文導機に文字を打ち込むカチャカチャという音だけが響く顧問室。


「……あ」

リュート様の小さな呟きが耳を掠め、顔を上げる。


「ごめんサンビタリア、時計見てなかった」

リュート様がため息をつきながら背もたれに身を預ける。

時刻はすでに深夜を回っていた。


「この天気で寮に戻るのも大変だし、ローゼスもどうせ居るだろうから仮眠室借りてくれば?」

10班の使っている第十研究室の隣には、女性用の仮眠室がある。

私もたまに使って、居合わせた人たちと少しお喋りすることもあるけれど、今はそこまで行く気になれなかった。


「大丈夫です、まだまだいけます!それに寝るにしても、そこのカウチソファで十分です」

「本当?無理は――」

「しーまーす!いつも言ってるじゃないですか!……私がしたくて、させていただいてるんです。どうかお気になさらないでください」


にっこり笑いながら言うと、リュート様の眉が少しだけ下がり、目尻がゆるむ。


「……変わってるね」

「それについては否定できません。リュート様こそ、お休みにならないんですか?」

「んー、もう少しで終わるけど、これが終わったら読みたい本があるから今日は寝ないかな」

「……うぅ」

昨日も徹夜しているはずのリュート様の発言に、つい口籠る。


「僕もやりたくてやってるから。心配しないで」

「……心配だけはさせてください」

ここまで話していて、ふと、会話がいつもより続いている事に気が付いた。


「あの、リュート様。休憩されるならコップ取ってきましょうか?」

「…………うん、休憩しようか。サンビタリアは座ってて」


やはりお疲れだったらしい。

リュート様が珍しく、休憩することを受け入れて席を立つ。私に座っているよう指示を出すのは、薬草茶を淹れる合図なので大人しく待つことにした。


「……はい、キミの分」

「ありがとうございます」

リュート様は当たり前のように、私の分のお茶も淹れてくださる。それが嬉しくて、お茶を飲む前から体が温かくなるようだった。


一緒に仕事ができる、お話ができる、お茶が飲める。

去年の今頃では考えられなかったことだ。

これ以上何かを望んだら罰が当たってしまいそう。


「このお茶、本当に美味しいですよね。どちらでお求めに?」

「薬草だけウェンに取り寄せてもらって、あとは自分で調合してる。丸薬とかもそう」

「えっ、そうなんですか!?いつそんな時間が……」

「暇な時にまとめてやってるだけ」


とりとめのない話をして、また仕事を再開する。

丁寧に丁寧に、想いを押し込めながら。


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