5-3
リュート様は私をじっと見て、口を開く。
「……なら、寮の部屋じゃなくてここでやって。資料もあるし、何かあっても対応しやすい」
◇
馬車に揺られて、市街地の端に向かう。
思ったより疲れていたのか、珍しく馬車酔いしてしまった。状態異常回復をかけてもしばらくするとまた気持ち悪くなってきたので、面倒だと感覚遮断をかける。
実地試験用の区画では、すでに魔導機構担当の6班とウェンさんが作業していた。
リュート様と4班も加わり、軽く打ち合わせをして各々の作業に移っていく。
補佐官である私は、記録紙に工程表との差異があるかなどを記入していくだけだ。
夜の暗さに加え、6班と4班が作業に照明灯を使っているからか、自分の周囲がより一層暗く感じる。
しばらくすると、リュート様が私の隣に来る。
「サンビタリア、そろそろ始まるよ」
「はい」
向こうからウェンさんの声が聞こえる。実験が始まるらしい。
魔導機構が稼働し、魔力が通る気配を感じる。
――目の前が、一気に明るくなった。
今までは一本一本、点灯士がつけて回っていた街灯。
今日はそれを一斉に点灯させる社会設備の実地試験だった。
地脈から魔力を確保する仕組みになったためか、普段見ている街灯よりも明るく、キラキラと輝いて見える。
「すごい……」
明るくて、通りが向こうの方までよく見える。
この一画を使って行われた実地試験は、確かに成功したのだ。
「すごい、すごいですねリュート様!輝度も安定してて、とても綺麗で……!!」
感激のあまりリュート様の方を向くと、赤茶色の瞳とかち合う。
てっきり街灯を見ていると思ったのに、リュート様はほんの少しだけ目を見開いて、私を見ていた。
目があった途端、リュート様が街灯の方を向く。
どうしたんだろう……?と思ったが、柄にもなくはしゃいでしまっていたことに気が付き、慌てて居住まいを正す。
「し、失礼しましたっ」
「…………別に、あっちじゃもっとはしゃいでるみたいだし」
確かに6班のメンバーの何人かが「成功だー!」なんて叫んでいる声が聞こえる。
リュート様はどうなんだろう、この実地試験はかなり気にしてらしたし、成功して喜んでいらっしゃるのかな。
ちらりとリュート様を見るが、何故か手で口元を覆ってしまっていたので、様子は窺えなかった。
◇
ゆらゆら、と体が揺れている感覚がする。
「疲れていたんでしょうね」
ウェンさんの声だ。
「7班がサンビタリアに頼りすぎ」
リュート様の声も聞こえる。
「ていうか、聖女研究が欲しいのは分かるけど、そっち側の班の皺寄せがこっちに来すぎ」
「それについては本当にすみません……」
どうしてだろう、リュート様が喋るたび、振動が伝わってくる。右半身が温かい。私の足は地面についていないのに、歩いているかのように揺れて――。
「――っ!?」
事態に気がつき慌てて意識を覚醒させる。
思った通り、横抱きに抱えられ、運ばれていた。
「あ、起きた?」
耳元で声がしたので慌ててそちらを向くと、今までで一番近い場所にリュート様の顔がある。
私を運んでくださっていたのは、他でもないリュート様だった。
「あ、あの、えっと」
混乱して、言葉がうまく出てこない
全身が熱い。恥ずかしさのあまり、顔から火が吹き出しそうだった。
「キミ、帰りの馬車で爆睡してた。勝手に触れたことは謝罪するけど、揺すっても起きなかったから」
リュート様は何でもないように仰るけど、こっちはそれどころじゃない。
「し、し、失礼しました……!あの、降ります、おろしてくださいっ」
お手間をかけてしまったことも、寝顔を見られたことも、何もかもが恥ずかしくて情けなくて、涙が出そうだ。
それなのに、私を降ろしたリュート様がこちらを覗き込んでくる。
「……あんまり顔色よくない。無理しないで今日はもう寮に戻ったら?」
確かに、馬車で寝落ちるなんて今日はもう寮に戻るべきかもしれない。でも一つだけ、今日のうちにどうしてもやりたいことがあったので何とか誤魔化す。
「いえ、あの……えぇと……あっ、もしご迷惑でなければ、リュート様の薬草茶を分けて頂けますか?」
「……まあ、いいけど」
微笑ましくこちらを見ていたウェンさんに、どうか忘れてほしいと頭を下げ、リュート様と顧問室に向かう。
部屋に入ると急いで自机に行き、目当ての物を取り出した。
預かったものがきちんと揃っているか、すばやく確認する。
「じゃあ茶葉取ってくるから」
「あ、あの!リュート様――」
◇
太陽神と月神の二柱を主神とするこの国で、夏至と冬至は重要な日だ。
顧問室の応接スペースには、珍しく料理が並んでいる。
シチューと鹿肉のグラタン。この国の冬至の定番料理。
本来はもっとご馳走が並ぶが、この部屋の主である彼には、これだけあれば十分だ。
「食べないんですか?リュート」
「…………ゼフトが来たら食べる」
子どものような口ぶりに、ふ、と笑みが溢れる。
彼は手の中のものに夢中なようだ。
「あの人はもうしばらく来ませんよ」
「……うん」
「こんな時くらいちゃんと食べてくださいね」
「……うん」
「そんなに嬉しかったんですか?その万年筆」
「…………ん」
そう生返事を繰り返すリュートの手の中には、万年筆がある。恐らくサンビタリアさんからの誕生日プレゼント、だそうだ。
班長達の分とまとめて渡されたらしいが、ぱっと見ただけでも、明らかに他のものとは雰囲気が違っていた。
中に特殊な術式が刻まれた芯材と核石が埋め込まれており、それらに対して水生成を行うとインクが補充されるという仕組みらしい。
「……ウェン、みてこれ。ここの術式の刻印、すごく細かい。すごく綺麗」
「そうですか」
「食べたら一緒に解析しよ」
「いいですけど、ちゃんと、元に戻せます?」
「だからウェンも一緒」
「はいはい、わかりました、ちゃんと戻してあげますよ」
本当に変わらない。
珍しかったり面白い魔導具を見ると目をキラキラさせて観察するところは、子どもの頃のままだ。
その無邪気な姿に罪悪感が込み上げる。
リュートが……この子がここに居るのは、この才能が埋もれるのも潰されるのも耐えられなかった、我々のエゴの結果なのだから。
「それにしても……」
「……ん?なに?」
意味深に呟いてやると、流石に気になったのかリュートがこちらを向く。
「サンビタリアさんのこと、信用することにしたんですか?」
眉根を寄せてこちらをジトリと睨んでくる。
本当に、気を抜いている時の彼は表情が豊かだ。
「…………疑うのが面倒になっただけ」
「素直じゃないですねぇ」
この子がまた、人を信じられる日も近いのかもしれない。




