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研究所の敷地に着いたのでまず寮に向かい、リーリの着替えを手伝う。ドレスや装飾品は経費で借用した物だそうなので、一通り返却準備まで整える。
リーリに「今度絶対事情を説明する」と約束させられつつ、今度は急いで技術部棟の顧問室へ向かう。
案の定、フロックコートを脱いだだけのリュート様がそのまま仕事をしていた。
今日の夜会に出席するために昨日だって徹夜したはずなのに、本当にすごい体力だと思う。
「リュート様、お支度手伝いに参りました!」
給湯場の隣にある、人一人が立って入れる程度の小さい湯浴み室にリュート様を押し込み、夜会着を受け取る。
こちらも返却用に準備をしていたら、リュート様が戻ってきた。
いつもの降りた前髪とメガネに、なんだかホッとする。
珍しくリュート様がジッとこちらを見てくるのでどうしたのかと思ったら、ゆっくりと口を開いた。
「……助けてあげられなくて、ごめん」
何のことだろう?と思いつつ首を傾げてしまう。数秒経って従叔母の事だとようやく気付く。
「ああ、あれですか?むしろお聞き苦しかったでしょう、申し訳ございません」
「……キミ、どうして今日参加したの」
本当にどうしたんだろう。リュート様の様子がなにかおかしい。ついさっき見慣れた姿にホッとしたはずなのに、いつもと同じはずなのに、なんだか空気が固い気がする。
「どうしてって、業務命令でしたし……」
「キミが、頑張っているのはわかっているつもり。でも……」
赤茶色の瞳が、私を捉える。
「業務量も多いし求められる内容も高い、決して楽とは言えないこんな職場で、今日みたいな辛い目に遭う事も増えるかもしれない。それなのにどうして……キミはここで働いてるの?」
ドキリと心臓が跳ねる。
リュート様は、私が伝手を頼って補佐官になったことをご存じだ。
ご自身の補佐官についてなのだから、知っているのは当たり前だろう。でも、その理由について聞かれたのは初めてのことだった。
もちろん、私から説明したことはない。
そういう余計な話はリュート様のお邪魔になると思ったし、煩わしく感じられると思ったからだ。
どうして急に気になったのかは分からないけれど、リュート様から問われて答えない、なんて選択肢は、私にはない。
「えぇと、リュート様は覚えてらっしゃらないかと思うんですが、私、学生時代にリュート様と会ったことがありまして……」
「それ、もしかして魔力適性検査の時?」
「っ!、お、覚えていらっしゃったんですか?」
絶対に覚えていらっしゃらないと思っていたので驚いた。
喜ぶ私とは対照的に、リュート様は少し困ったように眉根を下げる。
「普通の検査だったと思うけど、あれがどうしたの?」
「私にとっては大切な思い出なんです!あの検査が……リュート様のもとで働きたいって思ったきっかけなんです」
――そうとだけ答え、全部を言うのは流石に止めておいた。
◇
学生だった頃、多分、私は限界だった。
サンビタリア本家の次女にもかかわらず、一族の特徴である瑠璃色の要素がない。挙句の果てに、一族の誇りたる高出力系の攻撃魔術も使えず、幼い頃から母譲りの銀髪は「鉄屑」と呼ばれ、役立たずと言われ続けた。
親族のそんな空気は、社交界にも伝播する。
私の評判は、貴族子息が通う高等王立学園に、入学前から知れ渡っていた。
周りから見られている気がする。皆が私の悪口を言っている気がする。責められている気がする。嘲笑されている気がする。気がするだけじゃなく、実際の陰口を聞く機会も沢山あった。
それでもなんとかしたくて、学園中の本を読み、勉強し、知識をかき集めた。一族の皆と同じ、高出力系攻撃魔術さえ使えれば、何か変わると信じていた。
自分なりに頑張って頑張って頑張ったつもりだったけど、結局何も変わらなくて。
――正直な話、もう、終わりにしてしまいたかった。
そんな時。
学科の成績だけは良かった私を不憫に思ったのか、教師が、たまたま学園に訪れていた技術開発部員に声を掛けた。
それが、まだ若手研究員だった頃のリュート様だ。
『ウチで改良中のこれ、使ってみてくれる?』
そう言って適性検査用魔導具の試験品を、私に使わせてくださった。
『すごいね。これだけの精密さと安定性が出せる子、そうそういない』
生まれて初めて、魔力のことで褒められた。
『キミ、支援術……特に医療系が向いてる』
『また誰かに何か言われるかもしれないけど、気にしなくていいんじゃない』
『誰かの役に立てる力を、キミはちゃんと持ってる』
もし本当に、私に誰かの役に立てる力があるのなら……私は貴方の、リュート様の役に立ちたい。
◇
「サンビタリア?」
急に黙り込んだ私に、リュート様が声をかける。
物思いから浮上した私は、笑顔で答えた。
「あの検査の時、リュート様だけが、私を評価してくださったんです。それが嬉しくて、だから……補佐官としてお役に立つために、私はここにいます」
「……そう」
リュート様の負担になりたいわけではないので端折って伝えたが、それでも少し、重かっただろうか?
心配になってリュート様を見るが、相変わらずの無表情で何か考えているようだった。




