後日談3(初めての結婚記念日)
「カレン、結婚記念日はやりたいことがあるから、夕方には仕事終えようね」
「え、し、承知しましたっ」
リュート様の言葉に、驚きつつも返事を返す。
気が付けば、もうすぐ秋――結婚記念日まで、あと僅か。
他の人にとっては普通の平日であるその日は、勿論仕事がある。だから食事だけでも豪華にしようと思っていたけれど。
リュート様、何をなさるつもりなのかな……?
◇
当日、珍しく定時で退勤する。
……本当に珍しく、二人とも仕事を持ち帰らなかった。
食事の支度から片付けまで、全部一緒に済ませた上で寝室のベッドに二人並んで座る。
リュート様は、古めの文献を持っていた。
「ねぇカレン、魔術刻印、刻んでいい?」
「え?」
リュート様が「ほらここ」と文献を開き、該当部分を指差してくださる。古魔術の本だったらしい。当時の手法と現代的解釈が書かれていた。
「古い魔術で、婚姻契約の術式。これを施せばお互いの位置や危険かどうかみたいなのが、なんとなくわかるみたい。魔術的に施す刺青みたいなものだから、解除は結構大変だけど」
リュート様はなんでもないように笑っていらっしゃるが、かなり手の込んだ術式のようだけど……。
「えぇと、私はいいですけど、リュート様に影響は……?」
「特にないかな。不利益といえば、さっき言った通りお互い解除が大変になるくらい」
リュート様のなさりたい事を断るなんて有り得ないけれど、それでもお邪魔にだけはなりたくない。
特に問題はなさそうでホッとしていたら、肩を抱かれる。
結婚して一年経つのに、触れられるのにまだ慣れなくて、首から上が熱くなる。多分、真っ赤になっているだろう。
「ねぇ……刻印、刻んでいい?」
「は、はいっ!」
焦れたようにねだられて、慌てて返事をした。
「……ありがとう」
リュート様がそう言うと、私の手を握り呪文を唱える。
今は脳内で構築してそのまま使う手法が一般的だが、昔の魔術は行使時に呪文を唱えるものも結構多い。
しばらくすると、ふわりと、魔力に包まれる感覚がしてリュート様の首に紋様が浮かんだ。私の首も温かいので、恐らく互いの首に紋様が浮かんでいるのだろう。
そのままそっと口付けされる。
――魔力が交じり、混ざるような、不思議な感覚。
それが終わる頃、首元の紋様が染み込むように消えて術式が定着した。
と、途端にリュート様に思いっきり抱き締められる。
「わぁっ?!」
「……ふふ、あははっ。あぁ、僕のなんだね」
心の底から嬉しそうに笑うリュート様に、そのお言葉に、胸が熱くなり笑みが溢れる。
「……私、これで一生リュート様のものなんですね」
ああ、嬉しい。嬉しい。
籍を入れて、身も心も受け取ってくださった上に、魔術契約で所有していただける。
こんなに幸せな事、あっていいのだろうか。
ときめき過ぎて、胸がきゅうきゅうと痛いくらいだった。
「自分で思ってたより独占欲と所有欲あったんだなぁ、僕……」
リュート様は私を抱き締めたまま、ベッドに倒れ込む。
そのまま額や頬、唇に口付けが降ってくる。
温かさに包まれて、それがまた幸福感を刺激して、ついうっとりしてしまう。
「所有してもらえるって、こんなに嬉しいんですね……」
「ふふ、忘れてるみたいだから言うけど、僕もキミのだからね?」
悪戯っぽく笑うリュート様の言葉を理解した瞬間、血の気が引いて肩が跳ねた。
「あ、あれまさか、対等契約……?」
「そうだよ。相互所有」
「そ、それは畏れ多いですっ」
「えぇ?もう刻んじゃったもん、ふふ」
慌てふためく私をよそに、リュート様は私の手をご自身の頬に持っていき、頬擦りをする。
「……はいカレン、ここからは僕に集中」
長い前髪と眼鏡に阻まれているはずなのに、はっきりと熱が伝わる赤茶色の瞳にじっと見つめられて……陥落する以外の選択肢なんか、なかった。




