後日談2(お酒の話)
「ほい、顧問にこれやるよ。もうあんまこっちで飲まねぇだろ?」
1班長は、そう言って酒瓶を三本ほど顧問室に持ってきた。
コルクだけでなく、蜜蝋で上から封をされている瓶だ。
リュート様が「ああ」と言いながら一本手に取る。
「ありがとう。確かに、突発で夜通しはもう厳しいかな。事前に護衛官に共有すれば出来ると思うけど」
「もうちょい新婚生活楽しめよ、そこは」
談笑する二人の会話内容が信じられず、思わず凝視してしまう。
1班長とリュート様は、夜通し論文や専門書を肴にお話になることがある。たまに他の班長達が混ざることもあり、片付けの際にお酒の瓶があること自体は珍しくない。
あの瓶も、片付けの際によく見かける瓶だとは思っていた。
てっきり1班長がお好きなんだと思っていたけれど……。
「……リュート様が飲まれてたんですか?それ」
驚きのあまり声に出してしまう。
リュート様はお茶は勿論、水でも他の人が用意したものは手に力が入らなくなる方なのに……?
リュート様は私に向かって、軽く酒瓶を見せてくださる。
「ああ、言ってなかったっけ?成人してすぐくらいの頃かな。ゼフトが買ってきた事があって、何故かこれだけ普通に飲めたんだよ」
「多分、封蝋してて細工を疑う余地が無いから、身体が反応しないんだろ」
「なのかなぁ?ほんと、我ながら判定がよくわかんない」
そんな話を笑いながら交わす二人に、ただただ驚いてしまう。
リュート様、お酒飲むんだ……。
1班長が私の方を向く。
「カレンちゃんって、酒飲める?」
「えぇと……あんまり美味しいって感じたことがなくて。あと……酔う前に反射的に自己治癒しちゃうんですよね」
「あぁ〜、なるほど」
戦闘班に配備される回復・支援術士は、そもそも仲間に何かあったら対処するのが役目だ。何かあった時のために、自身については無意識で最低限回復できるよう訓練を受ける人が多い。護衛官だった私もその一人だ。
1班長はニカリと笑う。
「カレンちゃん薬草茶好きだよな?これ薬草酒だから、麦種とか葡萄酒より好みかもよ。顧問に発動抑えてもらって、飲んでみれば?」
◇
「ふふ、ふわふわしますー」
夜、折角なので夕食後、カレンに飲ませてみた。
1班長から渡された薬草酒は、スッキリとした薬草の香りがする酒だ。甘ったるい酒より逆に飲みやすかったのか、柑橘の果汁を足したものが気に入ったらしい。
自己治癒が発動しないよう僕の方で調整した結果……妻はわかりやすく酔い始めた。
――どうしよう、めちゃくちゃ可愛い。
カレンは貴族令嬢として教育を受けているため、穏やかに笑うことが多い。
それなのに今は頬を上気させ、にこにこしている。新鮮な表情に、こっちの方が照れてしまう。
「んふふー」
くすくすとご機嫌な妻に、悪戯心が芽生える。
食卓の椅子からソファに座り直し、声をかけた。
「おいで。好きなところ座って良いよ」
「えっ、いいんですかっ」
ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた妻が、とてとてと近寄ってくる。どこに座ってくるだろうと観察していたら、そのまま隣に……節度ある間隔を開けて腰掛けてきた。
「わぁ、おとなり、すわっちゃいましたっ」
隣り合って座るという意味では、いつもより離れているくらいだが、それでも妻は嬉しそうにくすくすと笑う。
……どうしよう、これ、凄い楽しいかもしれない。
「お酒、美味しかった?」
「はいっ、おいしかったですっ」
しばらく妻の愛らしい姿を眺めていたが、思ったより素直に言うことを聞く妻に……本音を聞き出す良い機会なのではないか、と思い立つ。
「また飲みたい?」
「はいっ、りゅーとさまと、いっしょなら!」
いま僕、絶対顔赤いな……なんて思いながらカレンに尋ねた。
「……他に、何か僕にして欲しいこと、ある?」
きょとん、と音がしそうなくらい目を開いたカレンが、くすくすと笑いながら首を振る。
「ふふ、こんなにしあわせなのに、これいじょうのわがままなんて、ばちがあたりますっ」
「……え」
――共に過ごすことが、僕に何かを願うことが、我儘?
カレンはずっと笑っている。
さっきまでと変わらない、ふわふわした笑顔を浮かべご機嫌なままだ。だからこそ理解してしまう。
妻は、真実『そう思って』いるのだと。
思わず肩を抱き寄せると、「わあっ」とカレンが驚き、顔を真っ赤にする。
「ち、ちかい。かっこいい、ううううぅ〜」
いつもより分かりやすく照れ、恥ずかしがるカレン。
そんなカレンの耳元にねだるように囁く。
「ねぇ、教えて?大丈夫、罰なんか当たらないよ。僕たちだけの秘密なんだから」
「……ほんと、ですか?」
菫色の瞳を真っ直ぐ見返して頷くと、カレンが狼狽え始めるが、逃してやれない。
「ねぇ……僕に何してほしいの?」
「あ、あぅ、あの、えうぅ……」
視線を彷徨わせていたカレンだったが、決心がついたのかぎゅっと目を瞑り、リンゴみたいに真っ赤な顔になる。
「ず……ずっと、おそばにおいて、ほしいですっ。な、なんでもしますからっ」
「……は……」
……いま?今それ言うの???
カレンは僕の反応に気付くことなく、言葉を重ねていく。
「あ、あと!おひるごはんも、たべてほしいです。めいわくじゃなかったら、おべんとう……あの……ごめんなさい。ちょうしにのりました」
妻は段々と自分の発言内容が後ろめたくなったのか、声が小さくなり、視線が下を向く。
――これを「我儘」とは、我が妻ながら恐れ入った。
思わず頭を抱えてしまう。
元々長期戦は覚悟の上だが、これは本当に長丁場になりそうだ。
そう思っていたら、頭にカレンの手が触れる。
カレンから触れてくるのは珍しく、驚いて顔を上げた。
「あ、あたまいたい、ですか?」
優しく優しく、僕の頭を撫でるカレン。
ああもう、本当にこの子は……!
妻には一生勝てない気がする。
そんなことを思いながら、しばらく撫でを享受した。




