後日談(カレンの抑制具が外れた後)
「……はぁ」
居間のソファで資料を広げたまま寝落ちているカレンを見つけ、僕は大きく溜息を吐いた。
妻の魔力残留値がある程度マシになり、術式行使抑制具を外せるようになって一月ほど経った。
自己治癒使用不可の反動で体調を崩しがちだったカレンだが、三ヶ月も経てば順応したらしい。体調・体力的にかなり戻ってきたため、最近は互いに仕事を持ち帰り、夕食と風呂の後は業務や作業をしてから寝るようにしていた。同居直後のように夕方には帰って休むという流れでは、流石に仕事が終わらない。
今日は集中したかったので書斎に籠らせてもらっていたのだが……あと二時間もすれば夜が明ける時間、流石に不味いと慌ててベッドに向かったら、妻が居ない。
探してみたら、階下の居間で寝落ちているカレンを見つけたというわけだ。
妻の手元には持ち帰っていた業務の書類ではなく、貴族名鑑や各貴族領の名産・名所などの特徴が一覧化された目録、その他社交向けの資料が広がっている。
来週はあまり会ったことの無い面子での午餐会に行くと言っていたので、その準備だろう。
日付が変わる頃に「おやすみなさい」と書斎に声をかけに来たから、そのまま寝ているのかと思えば……。
カレンが起きないようにそっと抱き上げ、ベッドに運ぶ。
階下に戻り軽く資料をまとめ、カップを洗い片づけをする。
自分も寝ようとベッドに戻ると、妻は運ばれたことにも気付かず熟睡していた。
ようやく自分の見たかった光景――妻がベッドで先に寝ている姿が見れたと少し嬉しくなる。
「明日……もう今日かな、起きたら少し話さないとね」
そう囁きながら、妻の頬に唇で触れる。
抑制具を外せたのに、以前の通り無理をしていては、また体調を崩してしまう。
同居しているのにカレンの魔力残留値が悪化したら……僕は生活監督者の資格を失い、技術部棟に戻されるかもしれない。
カレンと離れる生活なんて、もう無理だ。
愛しい妻と寝ても覚めても一緒にいる、こんな生活覚えてしまったら……もう、抜け出せない。
◇
「……ん……」
「おはようございます、リュート様。あの、昨夜は申し訳ございませんでした。運んで頂いてしまったみたいで……」
「……おはよ……」
いつもの時間に、申し訳なさそうな、恥ずかしそうな顔をしたカレンに起こされる。
妻は既に着替えて身支度を済ませている。大分前に目が覚めていたらしい。
「朝食の用意も出来ておりますので、顔を洗ったら一緒に食べましょう。山羊乳とお茶、どちらがよろしいですか?」
――キミ、深夜まで調べ物して寝落ちしてなかった?
思わず口から出かけるが、せっかく用意してくれた朝食を食べないのも嫌だし……なにより、朝は出勤予定時刻に合わせてベスさんかシュレインが家まで迎えに来る。
家を出る時間を急にずらすとゼフトにまで報告が上がるので、まずは起きて大人しく身支度をすることにした。
食事を終えて、書類を入れた鞄を持つ。ついでにカレンの荷物も奪って肩にかけると、こちらも紙ばかりなせいか、かなりの重量があった。
「え、ま、待ってくださいリュート様!そんな重たいもの持たせるわけには……」
カレンの物言いに思わず苦笑する。
確かに男性の中ではかなり華奢な部類に入るとは思うが、それでも流石に、鍛練を止めたカレンが担げる程度の重量は苦ではない。
「別に。ほら行くよ」
◇
夜。いつも通り食事し、一緒に食器を洗いながらカレンに声をかける。
「あ、今日夜食いらない」
「……えっ?じ、じゃあ、お飲み物だけでも……」
カレンが寂しそうに眉を下げる。
いつも僕が未明近くまで作業するので、カレンが夜食を用意してくれる。遠慮すると寂しそうにされるので受け入れてきたが……昨日の寝落ちを見て、やはり駄目だと決意した。
「ううん、大丈夫。代わりに……カレンに一個お願いしていい?」
「は、はいっ!何でしょうか!?」
今度はぱぁっと、嬉しそうに笑顔を向けて来る。僕の『お願い』を聞けるのが嬉しいらしい。
カレンは本当に……僕のために何かするのが好きだ。
「じゃあ日付が変わる前に、ベッドに入って僕を待ってて。寝ちゃってていいから」
「……え?」
きょとんとする可愛い妻の腰を、そっと抱いて引き寄せる。
「可愛い妻が寝てるベッドなら……喜んで眠りに行くよ」
「!!!」
カレンが真っ赤になりながらも目を輝かせる。
実は、僕が未明近くまで毎日作業をしていること知ったカレンから、もう少し睡眠をとって欲しいと言われていた。
――要は夫婦揃って、自分のことを棚に上げて相手には休んで欲しいと思っているのだ。
「僕に、もう少し早く寝て欲しいんでしょ?」
「は、はい!流石にもう少し睡眠を摂った方がよろしいかと……」
「じゃあ、なるべく早めにベッドに行くから、カレン、待っててくれる?」
僕の問いに、カレンがコクコクと頷く。
とりあえず妻をベッドに押し込む事ができそうだと、胸を撫で下ろした。
あとは……有言実行出来るよう、もう少し効率的に仕事ができるように魔導具も調整して、僕も時短しよう。
ゼフトに『またヤバいもん開発したのか』って、拳骨落とされないといいなぁ。
そんな事を考えながら、妻が洗った皿を受け取り拭いて、食器棚にしまった。




