52-3
「ごめんカレン、もう一回言ってくれる?」
夕刻の顧問室で、リュート様はこめかみを押さえて仰った。
今度、刺繍会以来久々の社交……夜会に出るので、リュート様にご相談したのだけれど……。
私、そんなに変なこと言ったかな?
「ええと、ですから、万が一のために行使抑制具を外していただきたいんですが……」
以前の大規模襲撃のようなことがあった際、いざとなったら動けるようにしておきたい。
それに何より……また、同級生たちからの嫌がらせで、何か盛られたら対処できない。
だから術式行使を抑制するこの腕輪を外していただこうと、リュート様にお願いしているのだ。
ちなみに、この腕輪を外せるのは上長であり生活監督者であるリュート様とゼフト部長。あとは護衛であるベスさんとシュウさん、近衛の副長様は万が一の為に外す権限がある。
最初はシュウさんに外してほしいと頼んだのだが、『ばーか』というお言葉と共にリュート様のところに連行されてしまった。
そのままリュート様に事情をお話ししてお願いしたら、こめかみを押さえられてしまったというわけだ。
リュート様はゆっくりと息を吐いて、腕を組む。
「カレン。ゼフトのこと、家に呼んでいい?」
「え?部長ですか?大丈夫ですけど……」
急な話題転換に首を傾げていると、リュート様に半目でじとりと見据えられる。
「全く。根回しした内容までキミに伝える羽目になるとは……」
「はい?」
何の話だろう?と思っていたら、リュート様の綺麗なお顔が眼前まで迫り、至近距離で見つめられる。
「ちゃんと対策してあるよ、キミに言ってなかっただけで」
◇
部長達のお話によると、私の護衛体制に近衛が更に関わることになった。
護衛官は慣例として他家の護衛や用心棒と一緒に護衛部屋で待機させられるため、近衛騎士団しか会場入りできないからだ。
会場内の飲食物も近衛の方が確認してくださるそうで、まるで公爵令嬢か王室かと思うような待遇に恐縮してしまったが、各襲撃などの被害実績を基に決まった事だと言われれば受け入れるしかなかった。
「もう決まった事だし、カレンはいつも通り社交すれば良いだけだから」
「そ、それはそうなんでしょうけど」
部長達がお帰りになった後、リュート様が山羊乳を温めて渡してくださったので、居間でそのままお茶をしている。
最近はこんな風に居間のソファに隣り合って座り、少しだけ話すのが日課のようになっていた。
「……それにしても、護衛計画の再検討なんていつの間に……」
「ああ、キミの入院が決まった段階で、医務官から自己治癒禁止の可能性は示唆されてたからね。ゼフトとカイルさんと僕の3人で上に打診した。他にも、キミの入院中に結構色々決まったよ」
リュート様がいつもの薬草茶を飲みながら教えてくださる。
リュート様と一緒に暮らすことも、カイル班長の話も、さっきの護衛計画も、全部私の入院中に決まっていたらしい。
「……お時間割いて頂いてばかりで、なんだか申し訳ないです」
「別に良いよ。この間も言ったけど、キミの傍にいるためなら、なんでもするつもりだし」
リュート様のお言葉に、胸が高鳴り肩が跳ねる。
この間から、ふと湧いてはそんなはず無いと打ち消している考えが、また頭をよぎってしまった。
「カレン?どうしたの?」
「い、いえ……」
しょうもない考えを抱いてしまったせいで、頬が熱くて仕方ない。それなのに、リュート様が更に私の顔を覗き込んできて、少し困る。
少し目を逸らして山羊乳をちびちびと飲んでいたら、ぎゅっと肩を抱かれて鼓動がどんどん速くなる。
「カレン……どうしたの?」
逃さないと言わんばかりのリュート様の言葉と視線に、目の前がぐるぐるしてくる。
烏滸がましくて絶対に言えないと思うのに、リュート様の問い掛けに応えない自分もあり得なくて……。
「……す、すごく失礼なことを、考えていただけなので」
「別にいいよ。何考えてたのか教えてくれるほうが嬉しい。何考えてたの?」
……本当に言って良いんだろうか。
そう考えていたら、リュート様にそっと手の中のカップを奪われ、卓に置かれる。自覚していなかったが、両手が震えていた。
震える自分の手を見ていたら、リュート様の大きな手に包まれてしまった。
「カレン、教えて?」
「……あ、の……」
口の中が緊張でカラカラになる。
喉が張り付きそうになるが、なんとか言葉を紡ぐ。
「……リュート様が、お優しくて、沢山、色んなことを考えて、くださってて、その……」
「うん」
私の思い上がりだったらどうしよう、どうか怒られませんように。
と、ぎゅっと目を瞑り祈りながら、更に続けた。
「……わ、私が思っていた以上に、大切にして頂いてるなって……」
――リュート様が、ぴたりと止まる。
返事もなく、動く感触もない。
恐る恐る目を開き、リュート様の方を見ると……。
「……っ!?」
リュート様の目から、たった一筋だけ涙が流れていた。
それがどういう意味か分からなくて、失言してしまった可能性に血の気が引きかけた瞬間……痛いくらいに抱きしめられた。
「きゃっ!?リ、リュート様……!?」
「うん……うん。そうだよカレン。ああ、よかった、やっと通じた、キミに届いた」
リュート様が、泣き笑いの様な表情を浮かべながら耳元で囁く。
「愛してるよカレン。どうしよう、凄く嬉しい」
幸せでたまらないという風に、私の顔にキスの雨を降らせるリュート様。
その仕草に、その言葉に、一気に身体が熱くなるのを感じた。
――この人は、私の言葉一つでこんなに喜んで、幸せそうに笑ってくれるんだ。
そう思ったらたまらなくなって、涙が溢れてくる。
思わずリュート様の襟元あたりをそっと握り込んだら、隙間なんてないんじゃないかってくらい、また抱きしめられた。
しばらくそうしていたら、リュート様がぽつりと呟く。
「カレン、抑制具とか諸々落ち着いたら覚悟してね」
「……え?」
思わずリュート様の方を見ると、赤茶色の瞳が、熱を込めて私を見つめている。
「僕がどれだけキミを愛してるか、もっと分からせてあげるから」
その言葉と視線を受けて、熱に浮かされた様な気分になりながらも……私はしっかりと頷いたのだった。




