48-2
「どう、されました……?」
寝ぼけているのだろう。ゼフトがいることに気付いていないカレンは、そっと僕の頬に手を伸ばす。
彼女の泣き腫らした目元があまりにも痛々しくて、今まで湧き上がってきていた激情を必死に抑え込む。
視線でゼフトに退室してもらうよう伝えると、ゼフトは静かに立ち上がり扉に向かって行った。
正真正銘二人きりになったのを確認し、改めて口を開く。
「大丈夫。ごめんねカレン……キミを、巻き込んだ」
なんとか無理矢理笑顔を作ると、カレンは驚いたような顔で僕を見る。
そのまま勢いよく起き上がったと思ったら、少し眉を寄せていた。
「駄目です、リュート様。それは駄目です」
「……え?」
僕の両頬を、カレンの手が包む。
菫色の瞳は、僕をまっすぐ見据えている。
「リュート様のお気持ちは、お心は、リュート様のものです。ですから、どうか大切になさってください」
「……でも……」
さっきまであんなにも泣いていたのは、カレンの方なのに……?
そう思っていたら、カレンの顔が、少し怒ったように見えた。
この表情には見覚えがある。
たしか、僕が熱を出したまま仕事をしようとした時もこんな顔を……。
そう思っていたら、カレンが再度口を開く。
「どんなお考えだったとしても、そんな風に無理に笑わないでください。前にも言いました、リュート様がご自分を大切になさらないなら、私がリュート様を大切にします。リュート様のお気持ちも、大切にさせてください……!」
「……っ」
――ああ、もう。敵わないなぁ。
目頭が熱くなり、カレンを力の限り抱き締める。
愛しい愛しい、僕の妻を。
「ありがとう、カレン。……ずっと、一緒にいてくれる?」
「はい!リュート様が望んでくださるならば、喜んでお傍に居ます」
顔を上げられないくらい、涙が溢れる。
カレンの前では、泣かないようにしようって、思ってたのにな……。
無駄な抵抗だと思いつつ、カレンの肩に顔をうずめたまま口を開く。
「……ありがとう、愛してる……っ」
「はい。私も、お慕いしております」
◇
落ち着いた頃、カレンに目元の腫れを治してもらう。
お礼に、カレンの目元は僕が治した。応急処置程度の簡単な治癒だけでも覚えていてよかった。
「……じゃあ、マルグリットさんの言っていたことは、本当に虚言だったんですね」
「うん。僕があの人と相思相愛とか、想像しただけで割りと無理」
「あんなにお綺麗な方なのに……?」
不思議そうなカレンに、苦笑いしながらお茶を飲む。
泣いたのもあり、まだあまり遅い時間ではないが軽く疲れを感じた。
「……今日はよく眠れそう」
「そうですね」
くすくすと笑うカレンに、そうだと思い聞いてみる。
「ねえカレン、キミ、もしかして家だとあんまり眠れてない?最近、寝不足っぽいこと多いよね?」
魔力残留値の事は伏せたまま問うたそれに、カレンはなんでもないように答える。
「ああ、そうですね。最近は睡眠導入系の術式だと夜中に目が覚めてしまうので、昏睡系を使う事の方が多いです」
――聞き間違いだろうか?
可愛らしい口から、信じられない単語が飛び出した。
心臓が嫌な音を立て始める。聞き間違いだったと思いたい。でも、確認しなければいけない。
「……昏睡系?」
「はい。あ、と言っても軽いやつですよ!時限性で、目を離しても大丈夫な程度で」
話を聞くうちに、血の気が引いていく。
おそらく、睡眠系と昏睡系の境目くらいのやつだろう。そうであってほしい。
ただ、だからといって単独で使っていい理由は全く無い。
たとえ本当に目を離しても大丈夫な程度のものだとしてもだ。
まさかと思うが、カレンは、何が問題なのか分かっていないのだろうか。
「それ……地震とか火事があったら、どうするつもり……?」
「……あ」
本当に今し方気が付いた、という反応を返されて頭がクラクラする。
僕の様子に、失言したことに気付いたのだろう。カレンが慌て始めた。
「あ、あの、申し訳ございません。どうしても身体を休めたくて、こんな方法しか思いつかず」
「……」
「あの、えぇと……」
こんなに愛してるのに、こんなに大切なのに。
こんなに……僕はもう、キミ無しじゃ生きていけないのに。
――キミは、本当に何を考えているの?
反射的に、カレンを引き寄せ抱き締める。
叱られるとでも思ったのか、カレンの肩がほんの少し、怯えるように震えた。
治りかけていた精神が荒れそうになるのを感じる。
一言でも発したら、心無いことを言って取り返しがつかなくなってしまいそうで、必死に堪える。
混乱する思考を、震える唇を抑え込み、なんとか口を動かした。
「…………今日はもう遅いし、寝ようか」




