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――こんなにも、誰かを不快だと思うのは初めてだった。
拳を震わせながら、言葉を続ける。
「リュート様がどれだけ優しいか?知ってます。どれだけ抱え込む方か?知ってます。どんなに素晴らしい方か、全部、全部……知ってます!」
リュート様が、どれだけ苦しんでいると思ってる。
安心できるはずの我が家ですら薬を盛られる恐怖を、あの方が感じた絶望を、何だと思っている。
涙が出そうになるが必死に堪える。
毅然とした態度で、言葉で、切り捨ててやらないと気が済まない。
「あんなに優しくて素晴らしい方を、貴女は傷付けた。……貴女にだけは、何があっても渡しません」
◇
(三人称です)
聖堂局。
アウリアド王国内の月神・太陽神教会の全体統括をしている機関。
そこの応接間の一つで、ゼフトとレオナルドは待たされていた。
用件は他でもない。マルグリット――侯爵家が裁き、罪人修道院に入れたはずの女が、何故か勝手に修道院から異動していた件だ。
「あの女、何処にいる……」
「王都のどの教会にいるか、資料探すっつってかなり待たされてるな」
「経緯説明も『書類通り』の一点張りだったな。……我が侯爵家が侮られたと判断していいか?」
レオナルドは昼夜問わず走り続けた疲れが出たらしい。
指で目頭を揉んでいる。
侯爵家の決定を無断で覆すなど、許される事ではない。
レオナルドが単騎での王都行きを即時決行したのは、定期報告でマルグリットの異動を知ったからだった。
午後に技術部棟に到着し、簡単に打ち合わせと護衛官の配置を待つ時間はあったが、ほぼ休まず動いている。
領地騎士団長であっても疲労が溜まるのは致し方ない。
同行している旧友のゼフトも、嫌な考えを拭いきれなかった。
マルグリットの異動、しかもその先が王都。
先々週のカレンの拉致未遂事件、そして今通っている刺繍会……。
あまりにも、タイミングが良すぎる。
異動先の教会がどうか違う教会であってほしいと思っていたら、聖堂局の職員が戻ってきた。
説明を受ける前に、書類に記載された教会名が視界に入って一気に血の気が引く。
「カイル!ベスにすぐ連絡してストックリーを連れ戻せ!」
「了解」
慌てて振り向いて指示を出すと、壁際で待機姿勢をとっていたカイルが耳元を押さえた。
「ああ、ベス。俺だ…………は?待て、もっかい言え」
表情がどんどん険しくなっていく。
聖堂局員は不思議そうにしていたが、事態を察したゼフトとレオナルドは表情をだんだん硬くしていく。
「……部長さん。いま報告いいか」
「すげぇ聞きたくねぇけど言ってくれ」
通信を終えたらしいカイルは、聖堂局員を注視しながら口を開いた。
「教会で襲撃あり。ストックリー男爵夫人は無事で無傷。ただし、マルグリットと名乗る修道女見習いに刃物を向けられ、暴言虚言を受けたそうだ」
痛いくらいの沈黙が、一瞬応接室を包む。
レオナルドが、ゆっくり腕組みをしてゼフトの方を向く。
そのこめかみにははっきりと青筋が浮かんでいた。
「……ゼフト、お前は戻れ。移動と護衛は近衛を呼ぶ」
大貴族たるレオナルドの護衛要請とあれば、近衛は間違いなく飛んでくるだろう。
ゼフトは頷くと、帰還準備のためカイルに視線で合図を送り、立ち上がる。
その様子を見ていた聖堂局員は、真っ青な顔で「上長を呼んできます」と呟き、廊下に走っていった。




