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週に一度の勉強会を終え、技術部棟に戻ろうとしたら声をかけられた。
「サンビタリアさん、お昼ご一緒してもいいですか?」
リリーバリー・ローゼス。同じ受講者で、薄紅の鈴蘭のような淡い色の瞳が特徴的な、とても可愛らしい女性だ。
先日の古書の件で倒れた技術部員の一人だったそうで、体調が戻った際に声をかけられたのをきっかけによく話すようになった。
食堂で昼食を摂りながら会話が弾む。
「そういえば、ローゼスさんってもう研究員として勤務しているのに、どうして勉強会に参加してるんですか?」
「あれって、2〜3年目くらいの新人が自身の理解を再確認するために先輩と組んで講師をするんです。だから来年の参考と自身の復習のために受けろって先輩から言われてて」
自身の復習――つまりあの講義の内容をローゼスさんはきちんと理解し、修めているということだ。
「すごい!ローゼスさんはあの講義の内容、本当はもう分かってるんですね……!」
「そうですか?えへへ、照れるなぁ。あ!サンビタリアさん、私のことはリーリって呼んでくれませんか?敬語とかも、私の方が年下ですし!」
「えぇと、いいんですか?じゃあ……私のこともカレンって呼んで?同期なんだし、歳も一つしか違わないし……」
「え、いいんですか!?やったー!でも敬語はしばらく抜けないかもです」
ローゼスさん――リーリは照れたように笑う。
「だってカレンさん、めっちゃ綺麗なお姉さん!!って感じなんですもんー!」
「ええ……?」
リーリは本当にすごい逸材で、18歳という若さで技術部への入部がかなったのはリュート様以来、実に数年ぶりのことらしい。
古代魔術が大好きで、勉強しすぎて古代語で筆談できるそうだ。
「班長とメモでコソコソ世間話するときとか、古代語で会話してます」
「ふふっ、そうなの?仲良しね」
「はい!うちの班めっちゃ仲いいですよ!班長は研究してる時代も近いし、班長以外の皆さんも造詣が深くて……。こんなに会話が成立するなんて思ってなかったので、いま楽しくてしょうがないです!」
満面の笑みに合わせて、栗色の髪がふわふわと揺れる。可愛いなぁ。
食事を終えて一緒に技術部棟に戻ったとき、リーリがそっと話しかけてきた。
「そうだ、カレンさんって”サンビタリア”姓ってことは、その……聖女様とご親戚です、よね?」
「ええ、どうしたの?」
本当は実の姉であるのだが、話の主旨が分からないため濁して先を促す。
「聖女様の研究についてって、聞いてます?」
「……どうして知ってるか、先に聞いていい?」
聖女であるクルーゼ・サンビタリアが自身について研究してほしいと国に訴えていること、国が宮廷魔導課と技術開発部どちらに主導権を預けるか検討していることは、まだ機密事項だ。
いまのところ、来年の夏にお互いの研究を発表し合い、それを基に主導をどちらにするか判断を下す、という可能性が高いらしい。
「10班がメインで研究発表会に臨むことになりました。昨日決まったんです」
「そうだったの。それで、どうしてその話を?」
「……この間、宮廷魔導課から来たあの本、あれひょっとして牽制だったのかなって。最近ああいう嫌がらせ、減ってたらしいですから」
◇
「戻りました」
「おかえり」
顧問室に戻り、リュート様に声をかける。
リュート様は相変わらず作業から目を離さず、声だけを返してくる。
「リュート様」
自机に戻らずそのまま執務机の前まで移動しにっこり微笑むと、リュート様が顔を上げてこちらを見る。
「最後に水分補給されたの、いつですか?」
「…………朝だけど」
「もうお昼過ぎです!コップ取ってきますね」
自机に荷物だけ置き、給湯場に向かい備え付けの陶器のコップを手に取り、執務室に戻る。
「私が水生成してもよろしいですか?退出した方がよければいたします」
「…………はぁ、いいよ。かして」
リュート様が私の手からコップを取り、中を瞬時に水で満たすとそのまま一気飲みする。
「はい、これでいい?」
リュート様からコップを受け取り、満面の笑みで応える。
「ありがとうございます!」
「うん」
リュート様はこちらを見ようともせず、作業を再開した。
最近気付いたのだが、リュート様は案外押しに弱い。
とはいえまだ他人が用意したものは口にしたくないらしく、今のようにご自分で生成した水を飲んでもらうに留まっている。
それでも少しずつ前進しているようで、かなり嬉しい。
いつか、私の淹れたお茶も飲んでもらえますように。
「そうだ、サンビタリア」
お互い業務に戻ってしばらく、リュート様がふと思い出したように声を出す。
「聖女研究の件、10班が担当になった。聞いた?」
「さっきリーリ……10班のローゼスに聞きました」
「そう。そのローゼスが案件の副担になるって。主担は班長のバロワ」
驚きのあまり、一瞬言葉に詰まってしまう。
「……すごい……」
リーリの凄さを改めて思い知る。
まだ18歳なのに、こんな重要な案件の副担当になるなんて……。
「その聖女研究なんだけど、上層部が貴族方面の関係性強化のために晩餐会とか顔出すんだって。要はロビイング」
リュート様の声に、ハッとして思考を切り替える。
確かに、王家が研究発表を基に主導団体を決定すると言っても、貴族や議院など周辺の声、全体的な世相なども勿論判断材料になるだろう。ロビイングは重要な取り組みの一つになる。
「貴族出身の人間が少なくて困ってるんだって。サンビタリア、行きたい?」
せっかく切り替えたはずの思考が止まる。
『お前なんか――』『どうしてこんな――』『――』
昔浴びた言葉の数々が、頭に次々と浮かぶ。
視線が幾つも突き刺さっているような感覚に陥る。
息が うまく できない。
「サンビタリア!」
思わずビクリと震える。気が付けば、リュート様が私の肩に手を置いていた。
いつの間に私の側に来たんだろう。この様子だとずっと声をかけてくださっていたようなのに、全く気付かなかった。




