41-2
「……あ……」
脳裏に、かつての彼等の姿が浮かぶ。
その目はいつだって、侮蔑と嘲りに満ちていて……。
どうしよう、どうしよう。
やっぱり身だしなみを整えてから来るべきだった、どうしよう、私のせいでリュート様まで嗤われたら……!
咄嗟に離れようとリュート様から手を離そうとする。
……が。
「おいで」
逆に素早く引き寄せられ、リュート様の肩に頭を押し付けられた。
シュウさんが、まるで遮るように彼等と私達の間に立つ。
リュート様に「離してください」と言おうとした瞬間、シュウさんの肩越しに信じられないものが見えた。
「いい加減にしろ貴様ら!」
「近衛の誇りも品位も無いのか!?」
肉のぶつかる鈍い音が室内に響く。
「…………え?」
同級生三人が、他の近衛の方から殴られていた。
殴っている方は身なりが違う。おそらく副官クラスの方だろう。
カイル班長も近衛の方がやらなければ自分が殴るつもりだったのか。飛びかかろうとして途中で止めたような姿勢で様子を伺っている。その表情はとても険しく、眉間に皺が寄っていた。
そうこうしているうちに、殴られていた同級生達は他の一般近衛の方に後ろ手で取り押さえられ……私はそれを、ぽかんと見ていることしか出来なかった。
「……部下が大変失礼致しました。ストックリー男爵夫人」
恐らくこの場の責任者であろう近衛騎士の方が、ゆっくりと、私を驚かせないように、リュート様の警戒心を煽らないように近付いてきて深々と謝罪してくださった。
呆然としていた私は、リュート様に腕を緩めていただきそちらを向き直す。
「い、いえ、私こそ、みっともない……格好で……っ」
泣きたくないのに、話しているうちに段々と瞳に涙の膜が張る。さっきの嘲笑を思い出す。
――静かで小さい、けれど確かな嗤い。
恥ずかしい、情けない、穴があったら入りたい、いっそ埋まってしまいたい……。
私のせいで、リュート様にもゼフト部長にも、皆さんに恥をかかせた上に、こんな騒ぎにしてしまった。
けれどそう伝えた瞬間、部屋の空気が揺れる。
あれと思う間もなくリュート様が腕に力を込め、私を強く抱き締める。
ギリッと、奥歯を噛み締めるような音が聞こえた気がした。
「……そんなことない。そんなことないよ、カレン」
耳元での堪えるような囁きに慌てていたら、近衛の方が悲しそうな顔で跪き、胸に手を当て騎士礼をとった。
「どうかそのような事を仰らないでください。貴女は拉致未遂事件の被害者でいらっしゃる。そのような立場の方を嗤うなど騎士としてとんでもない事です。本当に……よくぞ無事に戻られました」
「は、はぁ……」
そんな大層な言葉を掛けてもらえる心当たりがなくて戸惑っていると、騎士礼を取っている近衛の方の背後に、カイル班長とゼフト部長が立っているのが見えた。
お二人とも剣呑な雰囲気で殴られていた同級生達を見ていたが、ゼフト部長がスッとこちらを向く。
その瞳は、冷たく凍えるような光を湛えていた。
「小隊長殿。今回の件は近衛騎士団総隊長殿に、技術開発部部長として正式に抗議させていただきます」
「はい、誠に申し訳ございませんでした」
「……っえ?!」
近衛騎士団総隊長――その肩書きの通り、近衛の頂点に立つお方。
陛下に最も近いところで御身をお守りする近衛総隊長宛に、国立軍魔術院の技術開発部長が抗議文を送るというのは、余程の事態でないとありえない。
それなのに小隊長と呼ばれた方は全く抵抗なく受け入れる。
ゼフト部長の言葉に焦りの表情を浮かべたのは、私と同級生だけだった。
「ち、ちょっと待ってくださいよ!?小隊長、なんで鉄屑……」
「黙れ!!」
近衛総隊長まで話が大きくなると思っていなかったのであろう同級生が騒ぎ始めるが、他の近衛の方が拳で黙らせようとする。
しかし余程必死なのか、同級生側も無理矢理言葉を続ける。
「だ、だって副長、アイツ鉄屑ですよ!?サンビタリアの……気付いてないんですか!?」
「ほら、骨女ですよ!分かります!?」
「なんでアイツのせいで、俺たちが!?」
「こいつら、何を言って……」
同級生を拘束している近衛騎士の方々が、呆気に取られ戸惑う。
まるで知らない言語を聞かされているような顔だった。
――彼等の、同級生達の言っている事は真実だ。
私は鉄屑で、サンビタリアの出来損ないで、役立たず。
分かってる、分かっているから。
身体の震えが止まらない。呼吸が浅くなる。
あとでいくらでも殴っていいから、罵倒していいから、ここで言わないで。
お願いだから、皆に言わないで。
皆が噂しか知らないのをいい事に、本当の自分がどれだけ無能で無価値な塵なのか、必死で隠してたのに。
護衛官の、技術部の皆の前で……。
……リュート様の前で、言わないで……。
「カレン、聞かなくていい。大丈夫だから」
リュート様が私の耳を押さえ、額を合わせて言葉を掛けてくださる。
彼等の言葉が聞こえていただろうに、どうしてこの方はこんなに優しいんだろう。私のせいで恥をかかされたって、怒ってもいいくらいなのに。
あまりの優しさに涙が滲む。
「……ごめんなさい、リュートさま……」
「カレン?」
ちゃんと言わなきゃ、謝らなきゃ、この優しくて誠実な人に。
両手でドレスの胸元を握り締める。
「ごめんなさい……わたし、あ、あの、あの人たちの言ってること、本当に、全部、本当のことで……。ごめんなさい、私のせいで、リュート様に恥をかかせて――」
「カレン」
申し訳なさのあまり俯いていたけれど、強い声に思わずリュート様の顔を見る。
気が付けば、周囲の魔力圧がいつもより高い気がする。
――柘榴色の瞳と、目が合った。
「カレン、ちょっと黙って」
リュート様のその声とほぼ同じタイミングで、ゆらりと小隊長様が立ち上がる。
大きく息を吐き、そのままゆっくりと同級生達の元に向かうと……佩剣を鍔鳴りさせた。
小隊長様の本気を悟ったのだろう。同級生達は青褪め、副長様とカイル班長がギョッとして慌てて止める。
「小隊長!だ、駄目です!お怒りは尤もですが、ここは軍の施設です!!」
「手打ちでも抜刀したら戦闘行為だ!やるなら手でやれ!な!?」




