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39-4(三人称)

カイルの乱入を把握した瞬間、ベスの防護術式を解析・中和しようとしていた魔術師がすぐに離脱行動に移った。

ベスは動かず防護術式を張り、周囲を警戒し続ける。

彼女は『盾』。その役割は護衛対象者であるカレンを護ることであり、敵を倒すことではないからだ。


背を向けて駆けていく魔術師を視界の端で捉えていたら、すぐに刃が男の身体を貫き、事切れるのが見えた。

シュレインが軍刀を投げたらしい。

「あ、やべ。胸に刺さっちった」

「お前な……せめて肩とか足にしろよ。情報源なのに」


呆れた表情を浮かべたカイルの向こう側にも、もう誰もいなかった。

交戦していた残りの三人も逃げたらしい。

シュレインは苦笑し、カイルは肩を竦めた。

「班長怖すぎー、皆ビビッて逃げちゃった」

「ま、情報部が市街地で工作してたやつ数人抑えたらしいからな。問題ねぇよ」


――ああ、終わった。

そう思った瞬間、ベスの指先が震え始めた。

幾度も即席で術式を組み換え、維持し続けるのは容易ではない。外傷はなくとも一番深刻な状態なのは彼女であった。


ぐらりと視界が揺れかけるが、姿が見えない残党が何か仕掛けてくるかもしれない。

気を抜いては……。

「ベス、大丈夫だ。防護術式を解除しろ」


ハッとして顔を上げると、カイルが防護術式手前まで来ていた。

シュレインは、持ち運び式の簡易防護陣用魔導具をベスの防護術式の外側に展開している。

それを見た瞬間、ベスは返事もなく防護術式を解除し、崩れ落ちる。

地面に顔を打ち付ける直前、カイルがベスを抱きとめた。

そのままベスを肩に担ぐと、カイルがベスにだけ聞こえる声で小さく呟く。


「よくやった」

「…………うん……」

正規の相棒で直属の上官でもある彼の言葉を、ベスは胸の中で何度も反芻させた。


カイルは馬車の扉をノックすると、カレンに声をかける。

「ストックリー、俺だ。カイルだ」

「班長!?」

すぐに扉越しに、元部下の涙声が聞こえてカイルは苦笑する。

居ても立っても居られなかったのだろう。元護衛官の癖に定石も忘れて扉からほど近い位置に立っていたらしい。


「今から扉を開けるが、お前は絶対に出てくるな。いいな?」

「は、はい!」

シュレインに周囲の警戒を任せるよう視線で合図を送り、扉を開けて馬車の中に入る。

カレンは涙目だったが、カイルの肩に担がれているベスを見て表情を変え、素早く寄ってくる。

「術式の組み換えによる高負荷状態だ……任せていいな?」

護衛対象者にこのようなことを頼むのは業腹だが、応援が来るまでの間ベスの処置が出来るのは彼女しか居ない。


「勿論です。任せてください」

カイルの言葉より早く、勝手にベスの頭部を走査し始めていたカレンは処置をしながらそう答えた。

動揺を必死に抑え処置にあたるその表情が、無性に懐かしい。

つい2年ほど前まで自分の部下だった少女。それが気が付けば結婚し、貴族夫人となり、護衛対象者になった。

……人生、どうなるか分からないものだ。


応援が来るまではこのまま待機することをカレンに伝え、馬車から出る。


最低限の止血をしただけの状態で周囲を警戒していたシュレインに、カイルは声をかける。

「今回は証拠保全より任務優先だ。戦闘可能状態まで回復しろ。俺が周囲を警戒してるから、お前も馬車に入ってストックリーに最低限治してもらって来い」

「え?いいの?よっしゃ、いってきまーす」

そう言いながら歩くシュレインの歩き方も、やはり疲労の色が濃い。

当然だろう。カイルが到着するまで約三十分間、単独で戦い続けたのだ。


――本当に、あの二人に担当させて正解だった。

カイルは心底そう思いながら、生暖かい初夏の夜風を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。



ザワザワと、馬車の周囲に護衛官と情報官が散在している。

応援が到着したのだ。


馬車から出てきた医務官がカイルに声をかける。

「班長。サンビタリア……じゃなかった、ストックリー夫人ですが、ベスさんとシュレインと離さない方が良さそうです。精神衛生的に」

「あー」

つい先ほど、応援が着いた旨を知らせに馬車の中に入った時のことをカイルは思い出し、乾いた笑いを漏らす。


ベスの初期処置を終えシュレインを治療していたカレンは、少しずつ状況を理解し動揺し始めていた。

『何も出来なくてごめんなさい』とカレンが泣いて謝りながら治療し、『お前は何もせず守られるのが仕事ですー』とシュレインが笑い飛ばす。

ぐすぐすと泣き始めたカレンの姿に、ベスは馬車のシートに横たわりグッタリとしながらも優しい笑みを溢していた。


あの状態から二人を引き剥がし、カレン一人を馬車に残すのは無理だろう。

カイルは医務官の提案を受け入れることにした。

「そうすっか。現場指揮は情報処理長に委任する。俺は馬で馬車に帯同するから……そこの二人!御者とランブルシート頼む!」


カイルは辺りを見回すと、次々と指示を飛ばしていく。

そろそろ馬車を出発させようと馬に跨りかけたとき、情報処理長が声をかけてくる。

「班長ー!さっき近衛がブチギレて緊急連絡寄越してきたんで、技術部帰ったら居るかも!」


近衛騎士団――国立軍が国と民に忠誠を誓うのに対し、王室に忠誠を誓う武装組織だ。

王室と貴族案件を主に扱う彼等からしたら、「王の膝下たる王都内」で「一代男爵夫人」がここまでの規模の襲撃を受けるなど、怒り心頭でも仕方ない、仕方ないのだか……。


この忙しい中、近衛の相手など面倒くさい事この上ない。

「うーわ、最悪……」

カイルは思わず声に出していた。

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