39-3(三人称)
部屋の空気が重くなったのは、気のせいではないだろう。
魔力密度が上がった室内で、護衛官達は硬直する。
一切の無駄な言動は許されない。反射的にそう感じたためだ。
赤茶髪の男は、慣れない人間――護衛官達が居るためか、無表情のまま淡々と話す。
が、怒りのためか魔力が高まりすぎた瞳は、赤茶色ではなく柘榴色に光っていた。
「カレンが中々帰ってこないから、心配になって相談しに来てみれば……ねぇ、僕に内緒で何してるの?」
「リュート、誤解です!私たちは……」
「落ち着け。これから説明しにいくつもりだった」
ウェンが慌ててリュートの傍に駆け寄り説明しようとするが、ゼフトの声だけがそこに割り込む。
リュートとゼフトの視線がぶつかり、柘榴色の瞳がさらに魔力で揺らめく。
「そうだね、さっき聞こえた感じそうみたいだね。……じゃあさっさと説明しろよ」
◇
シュレインが敵を屠り、ベスが護る。
理想的な矛と盾、護衛官の配置。
しかし――二人は少しずつ削られる。
明らかに、練度の高い連中が混じっていた。
敵の大半はシュレインによってすでに地に伏しているが、残りの数人はかなり高度な連携練度と兵装を持っており、それこそ軍の特殊部隊と言われても納得してしまいそうな程だった。
シュレインも本気で殺しにかかれば勝てはするだろうが、そうもいかない。
ベスの防護術式を解析しようとしていた魔術師に、郊外に着いた瞬間、守り手がついた為だ。
本来なら防護術式の解析および中和を狙う魔術師と、それを守るこの男こそが最優先撃破対象なのだが、この魔術師を守っている男が今回一番の実力者らしい。
最優先撃破対象を処理したくとも実力者数名と乱戦中であり、乱戦連中を先に片付けたくとも防護術式の解析と中和を狙う彼らを妨害しベスのフォローをする必要もある。
守り手の男も、機会があればシュレインを倒そうと不意打ちもしてくる。
そうこうしている内に、シュレイン自身にも生傷が増えてきた。
――連中にとっては、最終的にこの魔術師と守り手の男の二人だけが生き残り、残りの面子でシュレインを排除できれば『勝ち』なのだろう。
その後、防護術式を中和されたベスは殺され、何処かに隠れている輸送部隊がカレンを拉致し何処かに連れて行く。
そういう手筈に違いない。
ベスは腹を括って通信を繋ぐ。
《シュレイン!防護は私が絶対維持する。こっち気にせず他の連中の制圧優先!》
《りょーかい》
すぐに通信を切り、ベスは防護術式に集中する。
魔術師に破られないよう何度も術式を組み替えるが、魔術師もなかなか手練らしい。基本形はほぼ効かず、即席の術式組み換えと展開を余儀なくされた。
挙句に守り手の男が、防護術式を這い上がり術者に害をなす術式まで行使してくる。
更に硬度の維持を要求されているこの状況、生半可な『盾』ならすでに落とされていただろう。
しかし、ベスは最高硬度を誇る『盾』。
歩く要塞とすら揶揄される彼女の実力は決して生半可ではなかった。
害をなす術式すら無効化する防護術式を、凄まじい勢いで組み上げていく。
視界が狭まる。
熱が出ているのか、頭だけが熱くて仕方がない。
何かが滴っている。鼻血が出たようだが気にしない。
本来なら『盾』として、護衛対象を守りつつ全体を俯瞰し、『矛』に適切な指示を飛ばすのが彼女の役割。
だが腹を括りシュレインに制圧を任せた今、ベスが考えるのはただ一つだ。
この馬車の中で一人無力感に苛まれている、もしかしたら泣いているかもしれない、可愛い後輩。
――あの子を、何があっても護りきる。
即席ながらベスが必死で組み上げた術式は中々手強かったらしい。敵の魔術師の顔に焦りが見える……が、ベスが気にしたのはそこではなかった。
今まで魔術師を守っていた男は、何処に行った?
その瞬間、魔術師の背の向こう側で、シュレインの身体から血飛沫が上がったのが見えた。
いつの間にか男は、向こうに加勢していたらしい。
ベスは一気に血の気が引くのを感じた。
シュレインの……『矛』の護衛官服は、護符を縫い込み、陣を編み込むことによって概念的にかなり堅牢になっている。
素人のナイフ程度なら、全力で刺そうとしても布地に傷がつく程度だろう。
それが斬り裂かれる程の技量と兵装――冗談抜きで、上位の傭兵団かどこぞの正規兵の特殊部隊級だ。
「……っ」
シュレインは肩から腰まで斜めに斬られていたが、それでも止まらず淡々と動く。
あまりにも平然としているシュレインに対し、一人だけ動揺し一瞬動きが鈍った男をそのまま屠って戦い続けている。
――通信を繋げたら、防護術式の強度が落ちる。
――でもこのまま防護に集中していたら、シュレインは……?
ベスが迷ったその時、戦場に黒い影が乱入してきた。
黒い影は、乱入してきた勢いそのままにシュレインと戦っていた男二人の首をへし折る。
二人のうち一人は、さっきまで魔術師を守ってきた男だった。
残りの三人は、シュレインとの戦闘を中断し慌てて距離を取り……新手の黒い影が何なのか理解した瞬間、絶望の表情を浮かべた。
シュレインが大きな溜息と共にしゃがみ込み、髪をかきあげ表情を崩す。
「はんちょー遅すぎ。クッソだるかったんだけど」
文句を言われた黒い影――カイルは獰猛に笑う。
「悪い悪い。そこかしこで馬走らせねぇように妨害されててよぉ。走ってきた」




