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39-1

「カレン、本当に大丈夫?」

リュート様の声に、はっとして顔を上げる。

目の前には、心配そうなリュート様。

「も、申し訳ございません、ぼうっとしてしまい……」

またご迷惑をおかけしてしまったことに気付き、慌てて頭を下げた。


先日、私が感情的になった結果、リュート様の睡眠時間を奪ってしまって以来、ずっとこんな調子だ。

家で一人で寝るとあの時の事を夢に見て飛び起きてしまうし、仮眠室に泊まってリュート様の腕の中にいても「また夜中起きて作業をされていたらどうしよう」と思ってしまい、どんどん寝付きが悪くなってきた。


全く眠れていなかった頃には快適に感じていた昏睡術式も、ここ最近は睡眠が足りていたせいかあまり効果を感じない。

むしろ頭がうまく休まらず、段々と考えがまとまらない日が増えてきた。


まだ仕事で大きなミスはしていないが、いつかやってしまう日が来るかもしれない。それがすごく怖い……。


そんな事を考えていたら、両頬に温かいものが触れる。

リュート様が、両手で私の頬を包んでいた。

「謝らないの。ソファで少し目閉じな。寝れなくていいから」

「で、でも、この後刺繍会で、業務に入れるのは午前中しか」


リュート様は優しい笑みを浮かべ、私の額に唇を落とす。

「うっかり指に針刺して、折角の刺繍を汚す方が駄目でしょ?大丈夫だから。それとも添い寝する?」

「そ、それこそ駄目ですっ!」


日中のリュート様の業務時間を削ったら、またリュート様が夜中作業することになってしまう!

慌てて執務室のカウチソファに座り、目を閉じる。


暗い視界の中、リュート様のクスクスと笑う声と、椅子に腰掛ける音がして……しばらくすると、文導機で何か打ち込む音が聞こえてきた。


懐かしいな、と少し思う。

今は泊まり仕事の時も仮眠室で休ませてもらうが、以前は……ただの補佐官だった時は、こうやって私がソファで眠り、リュート様が作業をする音を微睡みながら聞いていた。


あの頃を思い出していたおかげだろうか、本当なら午前中に少しでも業務を進めなければいけないのに……時間ギリギリまで、ソファで熟睡してしまった。



4回目の刺繍会。

午前中熟睡できたからか、思ったより刺繍も捗り調子が良くホッとした。

シュウさんとベスさんが馬車寄せに来てくれるのを待っている間、慣れが出てきたこともあり少し廊下に戻って教会を観察する。


「……あ」


孤児院に運ぶのだろうか、焼き菓子をのせたお盆を持って歩く美しい姿が見えた。見間違えでなければ、修道女見習いのマルグリットさんだ。

「……綺麗だなぁ」


先ほど、伯爵夫人から聞いた話をふと思い出す。

『マルグリットさんね、好きな人と結婚出来ないなら誰とも結婚したくないって、修道女になる決意をしたそうよ』


線が細くて、所作が綺麗で、美人で……貴族子女として引く手数多だっただろうに。

意志の強い、なんて素敵な女性なんだろう。

「今度、お話ししてみたいな」



(ここから三人称です)


刺繍会の帰り。

夕刻。夏至が近いとはいえ、辺りは茜色に染まっていた。


御者席で馬車を操るベスの視界に、馬に乗り馬車に並走する男の姿が映る。


《ベスさん》

《分かってる、並走アリ。連絡するから様子見お願い》


通信術式でランブルシートに立つシュレインとそんなやり取りをしてすぐ、情報処理担当に状況を報告。

続いて動線確保を担当している班員に連絡を取ったが……。


ベスが厳しい表情でシュレインに通信を繋ぎ直す。

並走してくる馬は二頭に増えていた。

《シュレイン、動線確保応答ナシ。状況開始準備》

《了解。情報さんに連絡つくなら殺傷許可貰っておいて》

通信術式越しに聞こえるシュレインの口調は、恐ろしいくらいにいつも通りだった。



同時刻、技術部棟内の部長室。

ゼフトとウェンが業務を進め、カイルが待機するそこへ護衛官がやって来る。


「班長」

護衛官はトントン、と指先で左眼を示す。

護衛対象者や周囲の人間に聞かれたくない内容をやり取りする時に使用する、暗号術式の合図だ。

左眼同士視線を繋いで行うそれにカイルも素早く左眼を指先で示し、応を返す。


その様子を何気なく眺めていたゼフトだが、思わず握ったペンに力を込める。


報告を受けたカイルの表情が、みるみる変化したからだ。

普段はどちらかというと飄々とし、泰然と構えているカイルが……まるで獅子のように鋭く獰猛な雰囲気に変貌していく。

「何かあったのか」とゼフトが声を掛けるより早く、カイルが勢いよく立ち上がった。それに気付いたウェンも顔を上げる。


カイルはそのままゼフトとウェンの二人を見ると、静かに笑った。

「……悪いが急用だ、状況はそいつに聞いてくれ。部長さん、いい子で留守番してろよ」



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