表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/159

38(三人称)

(珍しく三人称です)


王都にある珈琲館の一つ。

ほどほどに繁盛している店内は、低いざわめきと珈琲豆を煎る香りに満ちていた。


そこに長身の男が入ってくる。


入り口の棚から新聞や刊行誌を数部手に取り、珈琲を注文すると席に腰掛ける。

その様子は完全に慣れたもので、店の情景に完全に溶け込んでいた。


周囲からは沢山の話し声。

幅広い年齢と身なりの男達からは政治・外交・軍事についての噂話や情報分析から会議の愚痴まで。

さながら情報と知の坩堝といって差し支えない、その様々な声に耳を傾けながら、ゼフトは新聞を広げた。


ゼフトの視界の端に、磨き抜かれた革靴が入り込む。

顔を上げると、生真面目そうな顔をした青年が立っていた。


「どうも、部長殿。少し相席よろしいですか?」


ゼフトは男の顔に見覚えがあった。

年末の大舞踏会でカレン・ストックリーとダンスを踊っていた、技術大国の文官――書記官だ。


「これはこれは。御国の方がこのような場所に、どうされました?」

ゼフトは和やかに微笑みを返し着席を促すと、店主の方を向き視線だけで珈琲を注文した。


書記官はゆったりと微笑むと、ゼフトの正面に腰掛ける。

店主がそっと珈琲を置き持ち場に戻ると、青年は笑みを深め口を開いた。

「……先日はストックリー顧問の寄稿原稿、誠にありがとうございました。大変素晴らしい内容で、うちの技官が食い入るように読んでおりました」

「それはそれは。お役に立てたようで何よりです」


こんな所にいるゼフトに態々話しかけるなど碌な用事ではない。だんだん嫌な予感がしながらも和かに対応を続けていたら、書記官が両肘をついて指を組んだ。

「……時に部長殿、最近、ストックリー夫人の周りが随分と騒がしいようですね?私共としても、心を痛めておりまして」


――ああ、そういうことか。


ゼフトは溜息を腹の底に押し込めるついでに珈琲を一口飲むと、笑みを浮かべた。

「彼女の夫……ストックリー顧問は有名人ですからね。周囲が賑やかなのは当然です」

否定はしない。ただ、態と意味を取り違える。

拉致襲撃の話ではなく、あくまで注目を集めている、という意味に。


青年は笑みを一切崩さずに言葉を返してくる。

「ストックリー夫人も気苦労が絶えませんね。……彼女の心が休まるのは、我が国としても重要な事です。宜しければ、避暑地にご招待したいのですが」

「おやおや、お気遣いありがとうございます。なんと破格な待遇か」

「ストックリー卿が我が国にもたらした益を考えれば、当然の事ですよ」


二人の和やかな表情と口調に対して、彼等の卓だけまるで薄氷の上の様に空気が冷えていく。

言葉の応酬を続けながら、ゼフトは先日大国大使から届いた手紙を思い出す。


『ストックリー夫人が気疲れしている様で、妻が心配している。もし良ければ、気晴らしに妻の生家に招待させてほしい』

大使夫妻は社交デビューからカレン・ストックリーに好意的で、特に大使夫人がカレンを可愛く思っているのは真実だろう。だからこそタチが悪い。


カレン本人には一切話していないが、襲撃が始まった頃からゼフトの元にはこういった『ご招待』、つまりカレンの身柄を渡せという連絡が絶えず届いている。

その度に何度も握りつぶし誤魔化して来たゼフトだが、そのあまりの量に最近は些か辟易していた。

挙げ句の果てに、そのうちのいくつかは、おそらく自作自演――襲撃を企てておいて『善意の保護』を申し出ているのだろう。実に腹立たしい話だ。


更に珈琲を一口飲み、ゼフトは口を開く。

「有難いことに各方面からその様なお話を頂戴するのですが……ストックリーは一代男爵夫人としても顧問補佐官としても多忙な身でして、これまでも全て丁重にお断りさせていただいております」


ゼフトの言葉に、書記官は目を細める。

生真面目そうな真剣な眼差しが、真正面から彼を捉える。

「……御国で事足りる、と?」


踏み込んで来た青年に、ゼフトは微笑みで応える。

何も読ませない、渡さない。そういう意思表示だ。


しばらくの沈黙の後、書記官はふぅ、と軽く息を吐くと目を伏せ肩の力を抜いた。

「当然の申し出、失礼しました」

「いえいえ、有難いお声掛け感謝します」


青年は珈琲を手早く飲み干すと、先程より少し自然な表情を浮かべる。

「どうか御用心ください……夫人に、心からの安寧が訪れるようお祈りしております」

その言葉にゼフトは些か驚くが、全く表情には出さず応じる。

「有難いお言葉、ありがとうございます」


青年は力無く微笑むと、席を立ちながら囁くように言葉を紡ぐ。

「……今後も良い関係を築いていけましたら幸いです。また何かの折にお声がけさせてください」


退店していく書記官を、ゼフトは窓越しにしばらく眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ