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37-3

カレンの涙を拭いながら、そのまま言葉を重ねる。

「安心していいんだよ、むしろしてよ。護衛官が傷を負うのは仕事の一部。そうでしょう?」

「で、でも、私のせいなのに……」

迷子のような顔で泣き続ける妻を、抱えなおして向かい合わせにさせる。


「キミ、護衛官時代にそうやって依頼主とか被護衛者を恨んだことある?」

「…………あ」

菫色の瞳の、透明感が増した気がした。

努めて柔らかい表情を浮かべ、言葉を重ねる。


「ていうか、すべての元凶が誰かって話すると、それ僕でしょ。僕がキミを妻にしなかったら、そもそもこんなことになってないよ?」

「そ、そんなっ!リュート様のせいじゃないです!」


――相変わらず、カレンは僕を引き合いに出すと食いつき方が違うなぁ。

心が温かくなるのを感じながら、額を合わせる。


「じゃあ、カレンのせいでもない。シュレインやベスさんが傷を負うのは嫌だと思うし、罪悪感を感じないのは無理かもだけど……それでカレンが自分自身の無事を心から喜べないのは、違うと思う」

「でも私、馬車に居座ってるだけで、何もしてないのに……シュウさん達に申し訳ないです……」

「それ、本人たちに言った?そう言われてどう感じる人たちかは、カレンの方が分かってるでしょ?」


そう笑いかけると、少し落ち着き始めていたカレンの瞳から、どんどんと涙が溢れる。

僕に涙がかからないよう、顔を見られないよう覆ってしまったカレンの両手を、そっと掴んで握り込み、顔を覗き込む。


「……んで……」

「ん?」

うまく聞き取れず聞き返す。カレンは本当に、子どものような泣き顔だった。

「なんで、全部ゆるしてくれるんですかぁっ……」


泣きじゃくるカレンの手を離し、改めて抱きしめる。

僕の肩に顔をうずめて泣く愛しい妻に、頬ずりした。

「そんなの、愛してるからに決まってるでしょ」


その言葉に、カレンの体から一気に力が抜けるのが分かった。

身をゆだねてくる妻の頭を撫でてやると、カレンがしゃくりあげる。

「わた、わたし、馬車の中に隠れるだけで、シュウさん達に申し訳なくてっ、もう護衛官の皆と一緒に死ねないんだなって、さみしくてっ、それなのにリュート様の顔見ると安心しちゃって……ぐちゃぐちゃでっ」


いつものような丁寧さはなく、努めて理路整然と伝えようともしていない。

ずっとずっと聞きたかった、カレンの本当の言葉。

ようやく聞けた嬉しさに、その内容に、浮かれて言葉が出る。

「うん、カレンは僕のになっちゃったからね。もうシュレイン達と一緒に死なせてはあげられない。キミは僕のところに帰ってきて……僕と生きて」


少し重いことを言ったかな?と不安になったが、杞憂だったらしい。

シャツをほんの少しだけ握られた感触がした。


――カレンが、あのカレンが、自分から僕に触れた。

その事実だけで血が沸騰しそうになり、力の限り抱きしめた。


しばらく僕のシャツを握って泣いていたカレンだが、ゆっくりと顔を上げた。

泣き過ぎて真っ赤になった目元が痛そうで、思わずそっと指でなぞる。


カレンは鼻を啜りながら、僕を見るとおそるおそる口を開く。

「わたし、リュート様のところに帰ってきて……帰ってきたいって思ってて、いいんですか……?」

「えぇ、そこから?僕は自分の妻に帰ってきてほしいけど」


相変わらず僕の妻は手強くて仕方ない。

思わず苦笑しながら唇で触れると……今まで見た中で、一番綺麗な微笑みが返ってきた。


「ありがとうございます、リュート様」



ふと、夜中に目を覚ます。

リュート様と一緒に寝ているのに目が覚めるのは珍しいな、と思ったら、寝台に寝ているのは私一人だった。


リュート様は……?と思うより早く、寝ぼけた視界の端に机の灯りが見えて跳ね起きる。

私が起きたことに気付いたリュート様が、こちらを向いて微笑んだ。

「あ、起こしちゃった?」


リュート様は、素肌に軽くシャツを羽織っただけの姿で書類を読んでいた。

手元には、夕方には完成していなかった術式の評価書が書き上がった状態で置かれている。


何をしているかなんて、聞かなくても分かった。

私が泣いて騒いだせいで進まなかった業務を、睡眠時間を削って進めてくださっているのだ。


血の気が引き、一気に目が覚める。

「わ、私も業務を……」

「いいよいいよ、落ち着かなくてやってるだけだから」

「で、でも……」


どうしよう、どうしよう。

リュート様に迷惑をかけてしまった。その事実に身体が震えそうになるが、必死で堪える。

ここで私が取り乱したら、リュート様の足を更に引っ張ることになるからだ。


リュート様は私を安心させるように、優しげに微笑む。

「カレンは寝てて。僕も一段落したら寝る」

「じ、じゃあ、せめてお茶だけ淹れさせてください」

「……ふふ、ありがとう。じゃあお願いしようかな」

慌てて夜着を整え寝台から飛び出すと、仮眠室から直接流しに繋がる戸を開く。

触れ合いで温められていた身体の熱が引いていく。


リュート様の睡眠時間を削ってしまうなんて、やっぱり感情に任せると碌なことにならない。

お茶を淹れている間、祖父の声が脳裏に響いた。

――この愚図が!勝手なことをして、お前はいつも邪魔しか出来ないのか!!この鉄屑が!――


勝手なことをしてはいけない。

感情に任せた振る舞いをしてはならない。

鉄屑らしく、黙っていなければいけない。

ちゃんと覚えたつもりだったのに……。

もっとちゃんとしなきゃ。


――キミは僕のところに帰ってきて、僕と生きて――

リュート様の言葉が思考の海からふと浮き上がってきたので、その言葉を包み込むように、そっと胸元を両手で押さえる。

リュート様は……私に、お傍にいることだけじゃなく、帰ってくることまで許してくださった。


優しい優しい、大好きなリュート様。

あなたの迷惑にだけは、絶対になりたくないのに。


リュート様のお役に立って、リュート様の健やかな生活をお守りしたいなら、よく考えなくちゃ。

深呼吸して気持ちを切り替え、お茶をお出しするため戸を開いた。

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