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「うわ、まだやってた。ベスさんが全然帰ってこないからまさかと思って来てみれば……」
「シュウさん!」
部長室の扉が開いたと思ったら、シュウさんがげんなりとした顔をのぞかせていた。
頭部には布製の保護防具が巻かれている。
次の社交は来週なので無理に全回復せず、ある程度自然治癒に任せることにしたようだ。
「シュレイン、ついでに傷の報告」
「うぃーっす。シンプルに狙撃用の高圧縮魔力弾でした。ただ通常より傷口がかなり小さいみたい。多分、ベスさんの防護術式を中和する術式層がコーティングされてたんじゃないかって」
その報告に、カイル班長が険しい顔をする。
護衛官中最高硬度を誇るベスさんの術式を突破される可能性が高いとなると、事態は全く変わってくるからだ。
「術式解析の成果か。……ベス、どう思う?」
「まだ大丈夫よ。威力偵察で解析を試みられてるのは分かってたから、わざと一種類の展開式しか使ってなかったの。これからは色々混ぜるわ」
「俺もまだ大丈夫だと思うー。本当に完全中和レベルまで解析進んでたら、あんなに防護術式揺れないし。薄くして後は威力でゴリ押したなって感じ」
断言する二人の顔を、カイル班長はじっと見る。
しばらく沈黙していたが、肩をすくめて立ち上がった。
「部長さん、今日は解散だ。さっきの増員の話含めて班の連中と諸々打ち合わせしたい。悪いが家に帰ってくれ」
技術部棟内でも部長を一人にはできない。
身辺警護を離れるのであれば、帰宅してもらうしかないのだろう。
「分かった。……ウェン、行くぞ」
ゼフト部長が肩を叩いて声をかけると、ウェンさんが立ち上がる。
先日の件もあったし、ウェンさんもどうせ指定居住区画に戻るなら、一緒に帰ってカイル班長に守ってもらった方が安全だ。
リュート様が私の手にしっかりと指を絡め、そっと微笑む。
「カレン、僕らも顧問室に戻ろうか」
◇
「リュート様、お茶淹れますね。この後の業務の段取りをして、早く寝ませんと!」
顧問室に戻ってくるなり、カレンは明るくそう言った。
分かりやすいくらいの、空元気。
――本当に僕の妻は、隠し事が好きらしい。
迷わずカレンを抱き上げ、執務室にある1人用のカウチソファに腰掛ける。
もちろんカレンのことは下ろさず、僕の膝に座らせる。
「リ、リュートさまっ!?」
結婚して何度共に夜を過ごそうと、妻の初心さは変わらない。
僕が触れればすぐに慌てふためき恥じらうし、頬を赤らめる様は相変わらず愛らしい。
そんな可愛い妻を純粋に愛でたい衝動に駆られながらも、それを必死に抑えて問う。
「カレン、いま何考えてる?」
妻はきょとんと音がしそうなくらい目を丸くする。
「え?」
「襲撃が……、シュレインが心配?」
膝の上で落ち着かずにいた妻だったが、問われた内容に瞳が分かりやすく揺れる。
腹立たしい事この上ないが、カレンの性格上、自分自身の安否はあまり気にしていないだろう。
だから、気を病むなら他の誰かのこと。
カレンは言葉を探しているようでしばらく黙って目を泳がせていたが、やがてたどたどしく話し始めた。
「シュウさんのことは……もちろん心配です。いま一番危険なのは、シュウさんとベスさんですから」
「……うん」
自分の為に最前線で命を張ってくれている元相棒を、元同僚を心配するのは当たり前。
頭ではそう理解しているつもりでも、――腹の中で焔が燻ぶった。
衝動のまま膝の上の妻を抱きしめると、彼女は真っ赤になって縮こまる。
「リュート様?あの、どうされました?」
「……ねぇ、カレン。もうちょっと聞いていい?」
カレンの体温が伝わってくる。密着しているので鼓動すら分かる。
愛しい愛しい、僕の妻。
「キミ、襲撃受けた時いつも何考えてる?」
カレンは戸惑いながらも口を開く。
「えぇと、襲撃を受けた時はシュウさんとベスさんの安否が気になります。……あと、馬車の中に閉じこもっているしか出来ないのが申し訳なくて……護衛官だったころなら、私も外に出て一緒に戦えてたのに……」
「……うん」
腹の中の焔が大きくなるのを感じながら、それでも必死に耐えて彼女の話を聞く。
もう護衛官じゃなくて僕の補佐官で妻なのに。愛されて護られる立場になったのに。
彼女の話はまるで……護衛官に戻りたいかのようだった。
「……でも……っ」
ふと、カレンの声が震える。
見ると菫色の瞳が涙で揺れ、光を湛えている。
「襲撃を受けてるのは私のせいなのに、戦闘で役に立てなくて申し訳ないのに……こ、ここに戻ってくると……っ」
ぽろぽろと、堪えきれなかった光が落ちる。
眉を寄せて苦しそうに話す姿は、まるで罪人の告解のようだ。
「……ちゃんと帰って来れたって、安心しちゃうんです。ごめんなさい。何もしてないくせに、私のせいで傷ついた人がいるのに、安心してる場合じゃないのに。ごめんなさい、ごめんなさい」
――僕の妻は何を謝っているんだろう??
意味が全く理解できない。
彼女は僕の妻で、護られる立場で、帰って来れたと安心するのは全く問題ないはずだ。
なんで罪悪感を抱くのか、本当に分からない。
「なんで謝るの……?」
思わず口から、疑問が飛び出した。




