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穏やかな気候の中、私を含む貴族夫人十数名が教会を訪れる。
上級修道女が静々と一礼し、ゆったりと言葉を紡ぐ。
静かな声だったが、礼拝堂によく響いた。
「この度はご参集くださりありがとうございます。皆様に月神さまのご加護がありますように」
今日は教会主催の慈善刺繍会、その一日目だ。
「ストックリーさんは、今回が初めての刺繍会よね?」
席が隣になった伯爵夫人が話しかけてくださる。
本来ならもっと上座に座る身分のご夫人なのだが、この刺繍会の常連とのことで新人の私の面倒を見れるよう、気を配ってくださったらしい。
「はい、どうぞよろしくお願いいたします」
刺繍会とは、名の通り貴族夫人が定期的に集まり、刺繍を中心とした縫物を制作する会だ。
いわゆる慈善会で、制作物を教会が蚤の市などで売り資金にしたり、夫人たちが「お茶菓子」の名目で持ち寄った茶葉や焼き菓子を、付属の孤児院にそのまま下げ渡したりする。
今回は、孤児院の幼児用寝具に用いる分を刺す班と、夏至祭で行われる蚤の市用の小物、奉納品班に分かれて制作をすることになった。
「刺繍は久々?」
「はい、恥ずかしながら……母が存命の頃は、姉と三人でよく刺したのですが」
「まあ!聖女クルーゼ様と?素敵ねぇ」
そんな風にお話をしていただきながら、刺繍を進めていく。家で少し練習したが、やはり常連の皆様に比べて作業が遅く覚束ない。
それでもなんとか丁寧に針を進めていく。
しばらく作業をした頃に、涼やかな声と豊かなお茶の香りがした。
「皆様。恐れ入りますが一度お手を休めていただけますでしょうか。お茶の用意が整いました」
ふと顔を上げると、修道女見習いの方が立っていた。
立ち姿からして明らかに貴族子女としての教育を受けている。とても清楚で美しい人だ。
彼女の声に合わせ、作業机の側に用意されているお茶用の卓に、修道女見習い達がカップを並べていく。
伯爵夫人が不思議そうに首をかしげる。
「あら、貴女。見ない顔ね?」
「恐れ入ります、この度こちらの修道院に移ってまいりました。見習いのマルグリットと申します」
美しいブルネットの前髪がさらりと揺れる。
カーテシーではなく立礼にもかかわらず、あまりの所作の美しさに見惚れてしまいそうだった。
◇
「カレンさん、今度是非お茶会に来てね」
伯爵夫人からそんな温かいお言葉を頂き、なんとか一回目を乗り切って安心していたその帰り……とうとう恐れていたことが起こった。
馬車の周囲を覆ったベスさんの防護術式が、大きく揺れる。
揺れたのは、後方……シュウさんが立っている辺りだ。
鼓動が速くなる。通信術式を飛ばしたいのを必死で堪え、ドレスの裾を握りしめた。
もしベスさんとシュウさんが通信していた場合、混線で迷惑をかけるわけにはいかないからだ。
お願い、お願い、お願い……!
大きな被害が出ていないことを、止まらない馬車の中で祈り続けた。
技術部棟の馬車寄せについてすぐ、馬車から転がるように降りる。
「シュウさん!!」
馬車の後方では、既にベスさんがシュウさんを診ていた。
シュウさんのこめかみあたりを治癒しており、シュウさんの手には真っ赤な手拭いが握られている。
「いてて」
「よく立ち続けたわね。大丈夫?」
「俺が倒れたら全部終わりだからね。ベスさんこそ、俺のこと防護術式入れてくれててありがと」
『矛』のシュウさんを倒せたと判断したなら、敵は迷わず私の拉致のため追撃を仕掛けてきただろう。
それを分かっているベスさんは、シュウさんの言葉に微笑みを返す。
「ふふ、帽子の中に防刃板も仕込んでおいてよかったわねぇ」
「ほんとほんと……あ、治癒は最低限でいいよ。狙撃だったから傷跡検分して欲しいし。ありがとね」
シュウさんは手をヒラヒラさせて立ち上がる。
護衛官服に血が染み込んでしまったのだろう、濡れた布が擦れる音がした。
「シュウさん、大丈夫ですか!?」
「おー大丈夫。あ、いま俺に近づくなよ。ドレスに血ぃついたら洗うの面倒だろ」
「そんなこと……!」
シュウさんはいつも通りカラカラと笑う。
「俺は傷口の検分と着替えすんのに詰所戻るわ。報告はベスさんとお前に丸投げしていい?」
「勿論です!ちゃんと頭部走査も受けてくださいね!」
「おー」
やっぱり片手をヒラヒラさせて去っていくシュウさんを見送り、ベスさんと技術部棟に入った。
◇
「やっぱり、シュレイン排除の段取りがつく方が速かったか」
カイル班長がボソリと呟くように言う。
戻ってすぐにリュート様にまず簡易報告をして、夜に部長が帰ってくるのを待って改めて報告のお時間を頂いた。
部長室にはリュート様、ゼフト部長とウェンさん、カイル班長とベスさん、そして私がいる。
カイル班長が苦々しい顔をしてベスさんの方を向く。
「ベス、どの程度の防護張った?」
「シュレインが飛び出しやすいように、ランブルシートあたりは少し薄くしてたわ。そこを突破されたんだと思う」
ベスさんが悔しそうに手を握りしめ、目を伏せたまま答える。
「硬度はまだ上がるか?」
「勿論。ランブルシートも含めて、本気で防護するわ」
「……よし。じゃあ、あとは組織的な話だ」
カイル班長が、ゼフト部長とウェンさん、そしてリュート様を見る。
「情報部によると、依頼元は複数、実行団体も複数あるらしい。そこの顧問殿とおしゃべりしたい連中は一つじゃないってこった」
「そんな……」
ウェンさんが思わずといった様子で声を出すが、カイル班長は肩をすくめるばかり。
「ちなみに、そのうちの一つが補佐官殿をぶん殴った連中だよ。シュレインの排除準備中、他になにか出来る手はないか確認する試金石だったそうだ」
「……っ」
ウェンさんの一件の話題に、部長とリュート様の纏う空気が一気に固くなる。
部屋の温度が下がったような気さえするが、班長は片眉を上げるだけで、話を続ける。
「虎の尾を踏んだ阿呆はどうでもいい。ただ、複数の団体や依頼元にまとめて圧力や交渉を始めるまで、もうしばらく時間が欲しいそうだ。諸々の状況鑑みても、ここ一ヶ月がヤマだろうな」
カイル班長はひと呼吸入れると一気に真剣な面持ちになり、部長たちを改めて見据える。
「ウェン氏の件で、奴さん達が動きを変えた。恐らく今後はストックリー本人には絶対に傷をつけず、護衛の排除に特化、もしくは薬物や内通者による誘拐に移行する可能性が高い」
ゼフト部長が腕を組み、天井を仰ぎ見る。
「ウェンの件で実行犯捕まったの見て、それでもやる気ある連中まだいるのか」
「手を引いたところもあるらしい。が、途中で降りたら消される連中も、逆にやる気になる馬鹿共もいるからな。……どちらにしろ増援依頼して動線確保用員は増やす」
本来、護衛はチームで行う。
護衛対象者に矛と盾が付き従うだけではない。
それだけだと敵の接近を許してしまうし、何かあった時に手が足りない。
なので動線――馬車が通る予定のルートなど、道中の安全確保を担当する班員が要るのだが、カイル班は既にゼフト部長とセリナさんに人員を割いている。
これ以上は他の護衛班から借りるしかないのだろう。
と、話していたら部長室の扉が開かれる。




