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37-1

穏やかな気候の中、私を含む貴族夫人十数名が教会を訪れる。

上級修道女が静々と一礼し、ゆったりと言葉を紡ぐ。

静かな声だったが、礼拝堂によく響いた。


「この度はご参集くださりありがとうございます。皆様に月神さまのご加護がありますように」


今日は教会主催の慈善刺繍会、その一日目だ。


「ストックリーさんは、今回が初めての刺繍会よね?」

席が隣になった伯爵夫人が話しかけてくださる。

本来ならもっと上座に座る身分のご夫人なのだが、この刺繍会の常連とのことで新人の私の面倒を見れるよう、気を配ってくださったらしい。


「はい、どうぞよろしくお願いいたします」

刺繍会とは、名の通り貴族夫人が定期的に集まり、刺繍を中心とした縫物を制作する会だ。

いわゆる慈善会で、制作物を教会が蚤の市などで売り資金にしたり、夫人たちが「お茶菓子」の名目で持ち寄った茶葉や焼き菓子を、付属の孤児院にそのまま下げ渡したりする。


今回は、孤児院の幼児用寝具に用いる分を刺す班と、夏至祭で行われる蚤の市用の小物、奉納品班に分かれて制作をすることになった。


「刺繍は久々?」

「はい、恥ずかしながら……母が存命の頃は、姉と三人でよく刺したのですが」

「まあ!聖女クルーゼ様と?素敵ねぇ」


そんな風にお話をしていただきながら、刺繍を進めていく。家で少し練習したが、やはり常連の皆様に比べて作業が遅く覚束ない。

それでもなんとか丁寧に針を進めていく。


しばらく作業をした頃に、涼やかな声と豊かなお茶の香りがした。

「皆様。恐れ入りますが一度お手を休めていただけますでしょうか。お茶の用意が整いました」


ふと顔を上げると、修道女見習いの方が立っていた。

立ち姿からして明らかに貴族子女としての教育を受けている。とても清楚で美しい人だ。

彼女の声に合わせ、作業机の側に用意されているお茶用の卓に、修道女見習い達がカップを並べていく。


伯爵夫人が不思議そうに首をかしげる。

「あら、貴女。見ない顔ね?」

「恐れ入ります、この度こちらの修道院に移ってまいりました。見習いのマルグリットと申します」

美しいブルネットの前髪がさらりと揺れる。

カーテシーではなく立礼にもかかわらず、あまりの所作の美しさに見惚れてしまいそうだった。



「カレンさん、今度是非お茶会に来てね」

伯爵夫人からそんな温かいお言葉を頂き、なんとか一回目を乗り切って安心していたその帰り……とうとう恐れていたことが起こった。


馬車の周囲を覆ったベスさんの防護術式が、大きく揺れる。

揺れたのは、後方……シュウさんが立っている辺りだ。


鼓動が速くなる。通信術式を飛ばしたいのを必死で堪え、ドレスの裾を握りしめた。

もしベスさんとシュウさんが通信していた場合、混線で迷惑をかけるわけにはいかないからだ。


お願い、お願い、お願い……!

大きな被害が出ていないことを、止まらない馬車の中で祈り続けた。


技術部棟の馬車寄せについてすぐ、馬車から転がるように降りる。

「シュウさん!!」


馬車の後方では、既にベスさんがシュウさんを診ていた。

シュウさんのこめかみあたりを治癒しており、シュウさんの手には真っ赤な手拭いが握られている。

「いてて」

「よく立ち続けたわね。大丈夫?」

「俺が倒れたら全部終わりだからね。ベスさんこそ、俺のこと防護術式入れてくれててありがと」


『矛』のシュウさんを倒せたと判断したなら、敵は迷わず私の拉致のため追撃を仕掛けてきただろう。

それを分かっているベスさんは、シュウさんの言葉に微笑みを返す。


「ふふ、帽子の中に防刃板も仕込んでおいてよかったわねぇ」

「ほんとほんと……あ、治癒は最低限でいいよ。狙撃だったから傷跡検分して欲しいし。ありがとね」


シュウさんは手をヒラヒラさせて立ち上がる。

護衛官服に血が染み込んでしまったのだろう、濡れた布が擦れる音がした。


「シュウさん、大丈夫ですか!?」

「おー大丈夫。あ、いま俺に近づくなよ。ドレスに血ぃついたら洗うの面倒だろ」

「そんなこと……!」


シュウさんはいつも通りカラカラと笑う。

「俺は傷口の検分と着替えすんのに詰所戻るわ。報告はベスさんとお前に丸投げしていい?」

「勿論です!ちゃんと頭部走査も受けてくださいね!」

「おー」

やっぱり片手をヒラヒラさせて去っていくシュウさんを見送り、ベスさんと技術部棟に入った。



「やっぱり、シュレイン排除の段取りがつく方が速かったか」

カイル班長がボソリと呟くように言う。


戻ってすぐにリュート様にまず簡易報告をして、夜に部長が帰ってくるのを待って改めて報告のお時間を頂いた。

部長室にはリュート様、ゼフト部長とウェンさん、カイル班長とベスさん、そして私がいる。


カイル班長が苦々しい顔をしてベスさんの方を向く。

「ベス、どの程度の防護張った?」

「シュレインが飛び出しやすいように、ランブルシートあたりは少し薄くしてたわ。そこを突破されたんだと思う」

ベスさんが悔しそうに手を握りしめ、目を伏せたまま答える。


「硬度はまだ上がるか?」

「勿論。ランブルシートも含めて、本気で防護するわ」

「……よし。じゃあ、あとは組織的な話だ」


カイル班長が、ゼフト部長とウェンさん、そしてリュート様を見る。

「情報部によると、依頼元は複数、実行団体も複数あるらしい。そこの顧問殿とおしゃべりしたい連中は一つじゃないってこった」

「そんな……」

ウェンさんが思わずといった様子で声を出すが、カイル班長は肩をすくめるばかり。


「ちなみに、そのうちの一つが補佐官殿をぶん殴った連中だよ。シュレインの排除準備中、他になにか出来る手はないか確認する試金石だったそうだ」

「……っ」

ウェンさんの一件の話題に、部長とリュート様の纏う空気が一気に固くなる。

部屋の温度が下がったような気さえするが、班長は片眉を上げるだけで、話を続ける。


「虎の尾を踏んだ阿呆はどうでもいい。ただ、複数の団体や依頼元にまとめて圧力や交渉を始めるまで、もうしばらく時間が欲しいそうだ。諸々の状況鑑みても、ここ一ヶ月がヤマだろうな」


カイル班長はひと呼吸入れると一気に真剣な面持ちになり、部長たちを改めて見据える。

「ウェン氏の件で、奴さん達が動きを変えた。恐らく今後はストックリー本人には絶対に傷をつけず、護衛の排除に特化、もしくは薬物や内通者による誘拐に移行する可能性が高い」


ゼフト部長が腕を組み、天井を仰ぎ見る。

「ウェンの件で実行犯捕まったの見て、それでもやる気ある連中まだいるのか」

「手を引いたところもあるらしい。が、途中で降りたら消される連中も、逆にやる気になる馬鹿共もいるからな。……どちらにしろ増援依頼して動線確保用員は増やす」


本来、護衛はチームで行う。

護衛対象者に矛と盾が付き従うだけではない。

それだけだと敵の接近を許してしまうし、何かあった時に手が足りない。


なので動線――馬車が通る予定のルートなど、道中の安全確保を担当する班員が要るのだが、カイル班は既にゼフト部長とセリナさんに人員を割いている。

これ以上は他の護衛班から借りるしかないのだろう。


と、話していたら部長室の扉が開かれる。

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