幕間(36話後 日常)
「顧問ー!今日こそ時間ある?いい?」
1班長が夕刻顧問室に来たと思ったら、開口一番そう叫ぶ。
手には分厚い……おそらく技術大国で改稿中の教本だろう。
リュート様が寄稿するにあたり、頂いたものだ。
1班長はリュート様を誘って、論文や理論本などを酒の肴に夜通しお話しするのが好きだ。
リュート様も1班長とは歳が近いのもあって仲が良く、お時間があるときは応じていらっしゃる。
「うん、いいよ。今日は何の話題?その本?ついでにこの三研から来た術式評価、ちょっと付き合ってよ」
「おっしゃ!んで、何の術式だ?……あー、これなら6班長にも声かけるか?はは、やっぱ三研ってこういう若さで突っ走る系の研究多いな」
今夜は急ぎの案件もないからか、リュート様も乗り気らしい。
ちなみに三研とは第三研究所、若手育成に重きを置く研究所だ。
研究者を志して学園を卒業した者の多くは第三研究所に一度入り、専門的に学んだり研究を経て実力が認められると、この第一研究所に配属されるらしい。
技術開発部員の定年後の働き口としても有名で、何人もの先輩方が教鞭を執っておられるのだとか。
第三研究所でも外部依頼や相談、合同研究を行っており、その術式評価依頼がたまに技術開発部顧問であるリュート様に来る、というわけだ。
そろそろリュート様のお夕食を作りに行かなきゃと思っていたが、思い直して一旦業務に集中する。
あとでお夜食をお持ちしよう。
◇
仕事を終え夜食を用意して顧問室に戻る。
すでに班長達とリュート様が話し込んでおり、とても賑やかだった。
教本をペラペラとめくりながら1班長が話すと、リュート様が応える。
「あー向こうさん、三重微細の入れ子陣を外縁で定義した時の減衰率の場合分け、ようやく細分化したんか。いつもアレよな、先進開発優先で、あとから細かいとこ基礎固めするよな」
「ああ、うん。陣継承時に渡す戻り値の型で厳密性とったみたい。まぁ誤差といえば誤差くらいの差異だから、向こうの構造体優先の思想だったら序盤は包括してもおかしくはないかな」
6班長と8班長は、第三研究所からの評価依頼を読んでいた。
「はぁ?何この機構。第三研究所で耐久試験について講義してやろうかな」
「あはは!普通に需要ありそうでウケる~。指導研究員の人、理論屋さんぽいね。移動用魔導具想定なら、流石に振動試験と耐熱試験もうちょいしっかり目にやってほしいわ〜」
楽しそうな様子に、つい頬が緩む。
お夜食を摘みやすいところに置いて、皆さんに声をかけ帰宅する。
室内灯魔導具に魔力を流して起動し、鞄を置いて制服を脱ぐ。夕食は、夜食の味見で満足してしまった。
とりあえず湯浴みをして、夜着に着替える。
お茶を淹れて、持ち帰ってきた書類を広げた。
紙を捲る音やペンの音、時計の針が静かな室内に響く。
――リュート様、やっぱり楽しそうだったな。
仕事をしながら、そんなことをついつい考えてしまう。
沢山仕事をこなして、沢山勉強したら……いつか、私もリュート様とあんな風にお話しできるかな。
いつも優しいあの方に、私も何かご恩返しして差し上げられればいいのに。
そんな事を考えながら、書類を進めた。
◇
夜明け前、いつもより早い時間に顧問室を訪れる。
1班長や6班長……あの後来たらしい3班長と9班長もソファで寝ていた。8班長は先に帰ったようだ。
若い世代の班長がほぼ全員来たんだなと思いながら部屋を見回す。リュート様も、執務机に伏せて眠っていた。
リュート様の顔からそっと眼鏡を取って机に置く。
仮眠室から夏掛けを持ってきて、肩にかけた。
昨日は一緒にお夕食を食べることが出来なかったのもあり、少しでもリュート様の顔が見たくて早起きしてしまった。
早速見れて、すごく嬉しい。
少しでも眠れるようカーテンを閉め、静かに皆さんが召し上がった夜食を片付ける。
数式や術式陣の草案、展開時の挙動式など様々な内容が書き殴られた紙はいったん机にまとめる。
全員分の夏掛けまではないので、共用仮眠室から借りてきてかける。
それにしても、全員よく寝ている。よっぽど盛り上がったのだろう。
このままギリギリまで全員寝ているなら、皆さん寮に帰って着替える時間はあっても、食堂に行く時間は無いかもしれない。
一応、多めに朝ご飯を作って来よう。
班長さん達が起きて帰ってしまっていたら、お昼に食べれるような内容にすればいい。
そう思いながら、顧問室の扉をそっと閉じて家に走って戻った。
◇
いつもより多めの朝ご飯を作って顧問室に行くと、まだ全員ぐっすり眠っていた。
申し訳ない気持ちになりながらも、そろそろ起こさないと業務に響く。
食事を並べると、カーテンを開いた。
もともと書物に影響を与えないよう細窓しかない部屋だが、それでも夏になりかけの今の陽射しはとても明るい。
「……ん」
「ふぁ……?」
寝起きを眺められるのが好きな人も居ないだろう。
身じろぎする気配を背に感じつつ、お茶を淹れるため水場に向かう。
支度をしていたら、戸が開く音がした。
「カレン、おはよ」
「おはようございます。リュート様」
いつもより少しぼうっとしているリュート様が可愛らしくて、ついつい頬が緩む。
戸の向こうで伸びをする声や物音が聞こえる。皆さん目を覚ましたらしい。
「皆さんの分も朝ご飯作りましたから、今日は皆さんで召し上がってください」
「……うん、ありがとう。運ぶの手伝う」
「え?あ、ありがとうございますっ!」
リュート様が眠い目を擦りながら既に淹れ終えたお茶をお盆で持って行ってしまったので、慌てて残りの分を淹れて追いかける。
うぅ、リュート様が優しすぎて、恩を返し切れる日なんか一生来ない気がする。
――いつか、リュート様のお役に立てていると、胸を張って言える日が来ますように。




