3-5
「……あの、リュート様」
「なに?」
汗ばんだ前髪が鬱陶しいのか、リュート様が髪をかき上げる。
眼鏡もかけていない、鼻筋の通った綺麗な顔立ちがあらわになった。
不意打ちで見えた素顔に、心臓が勝手に跳ね、頬が熱くなったので慌てて目を逸らす。
「も、もう少しお休みになった方がいいんじゃないですか……?」
「これ以上仕事溜め込む方が後に響く」
私が見ていても気にせず、リュート様はシャツのボタンを全て外して腹部や胸部を拭き始める。
「朝までは絶対安静で、意識が戻っても一日は仕事をしないようにとトベラ様……えぇと、ウェンさんから聞いてますが」
「バレなきゃ大丈夫でしょ」
……ああ言えばこう言う。ていうか、私にはバレてますよね、それ。
心配しているって伝わった気がしていたのだが、伝わっていなかったらしい。それに、これがついさっきまで熱を出して寝込んでいた方の言う事だろうか。
ぶち、と頭の中で何かが切れる音がした。
「……駄目です」
「サンビタリア?」
「絶対に!駄目ですっ!」
足音も荒くリュート様の側までくると、べちんっと音がする勢いでリュート様の額に触れる。汗ばんだ額は、まだ驚くほど熱かった。
「ぜ、全然熱下がってないじゃないですか!寝てなきゃ駄目です!」
「でも――」
やはり熱でお辛いのだろう。
リュート様は私の手を振り払うこともなさらない。
それなのに、仕事しようとするなんて!
「……私、決めました。そんなにリュート様がご自分を大切にされないなら……」
キッとリュート様を見据える。
「私がリュート様を大切にしますから!」
「……キミ、本当に何言ってるの?」
呆れたような声が返ってくるが気にしない。
この方は心配してると伝えただけじゃ無理だ、遠慮してちゃ駄目だと理解してしまったのだ。
「失礼ですがリュート様、最後に水分補給やお食事をされたのはいつですか?私が居ると無理なら退出しますので、用意についてだけご教示いただけますでしょうか」
「あのねサンビタリア……」
「その間に、どうしてもご判断いただきたい内容だけ書面にまとめます」
私の発言に驚いたのか、リュート様が不思議そうな顔をして口を閉ざす。熱のせいか、いつもより表情がわかりやすい。
「ご判断いただいたらすぐにお休みください。それがお約束いただけないなら、私はここを動きません」
ジッとリュート様を見つめ、返事を待つ。
正直なところ、心臓はバクバクと破裂しそうだし緊張で足は震えている。リュート様の怒りを買って、このまま補佐官をクビになるかもしれない恐怖もある。
でも、リュート様がご自身を大切にしない以上、こうするしかない。
私が本気なことを理解したのか、それとも熱でお辛い中、話をするのも億劫になったのかは分からないけど、リュート様が「わかった」と言いながら体の力を抜いた。
片手で顔を覆ってしまっているので、表情は窺えない。
「……コップ取ってきて。魔力消費したいから自分で水生成する。食事はいい、というか今食べたら多分吐く」
「〜〜〜っ!はい!かしこまりました!」
急いで給湯場に向かう。リュート様に「出ていけ」と言われる覚悟もしていたので、提案を受け入れてもらえた事に、嬉しさが込み上げる。
コップを手渡すとすぐに執務室の自机に向かい、今日の仕事内容をさらい直す。リュート様への報告内容は既にまとめてあるけど、抜け漏れを確認するために――と言う名目で、時間をかけて作業する。
しばらくしてそっと仮眠室を覗き込むと、リュート様は私を待っている間に、寝台のヘッドボードに体を預けたまま眠ってしまっていた。やはり相当辛かったのだろう。
膂力向上の支援術を自分にかけ、術が魔力過剰状態のリュート様に影響しないよう、細心の注意を払いながらお身体に触れる。
リュート様を寝台にきちんと寝かせ直し、一応まとめた書面をサイドボードに置く。
執務室に戻りふと窓を見ると、もう空が白んでいた。
今日も普通に仕事がある。軽く睡眠だけとろう。カウチソファに座り、私も目を閉じた。




