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36-1

「失礼いたします」


部長室の扉をノックし、中に入る。

部長は外出されているので、ウェンさんに声をかける。


「はい、カレンさんどうされました?」

「リュート様から原稿をお預かりしたのでお渡ししようと思いまして……」


リュート様が寄稿用に書き下ろした原稿。

例の技術大国から、教本の刷新に伴い依頼を受けたものだ。

もともとは共同執筆や監修の依頼だったらしいが、リュート様と他国の間でそこまで密な連絡をさせられないという話が軍で出たため、寄稿で落ち着いたらしい。


「誤字脱字は確認を終えていますので、あとは部長に内容的なご判断をいただきたいとのことでした」

「はい、お預かりしますね。掲載媒体の確認と頒布前の確認要望は強めに出しておきます」

「ありがとうございます」


原稿を受け取り自机にしまうウェンさんを見ていたら、後ろからノックと共に扉が開く。


「筆頭補佐官、少し話を……っと、カレンさんもいたんですね」

2班長だった。担当補佐官の私や指導担当のリュート様じゃなくて、ウェンさんに直接会いにくるなんて珍しいと思っていたら、笑い声が聞こえた。


「ふふ、2班長。何度来ても同じですよ、私は班長やる気はありませんって」

「…………えぇっ!?」


内容に驚いて、つい素っ頓狂な声をあげてしまう。

ウェンさんはくすくすと笑い、2班長は悔しそうにしている。

「……カレンさん。筆頭補佐官と、少し素でお話ししても?」

「は、はい!どうぞ!」


2班長は技術部最年長だからこそ礼節を重んじる。

業務中は上司であるリュート様や、補佐官である私にも敬語を崩さない。


一言断った2班長は、大きな溜息を吐いた。

「リュートにも言われたよ。人選は評価するが絶対に無理だ。他の人間を育てろってな」

「あはは、それはそうでしょうね。6班ならまだ考えますけど、2班は俺には荷が勝ちすぎます」


……2班長がリュート様を呼び捨てにしているのも、ウェンさんが自分を「俺」と呼ぶのも、初めて聞いた。


本当の意味での素のお二人を、初めて見たんだと思う。


ウェンさんが微笑んだまま私の方を向く。

「2班長はもうすぐ定年ですから、後任探ししてるんですよ。副班長が優秀なんだからそのまま上げろと言っているんですけどねぇ」

「アイツは副班長が向いてんだよ。他班やリュートに説教かませるタイプじゃないだろ。本人もそう言ってる」


苦々しく手を振る2班長に、ウェンさんが嬉しそうに笑う。

「理論屋に説教するの、2班の仕事ですもんね。実装組としてお礼を言わせてください」

「全く……マジでガキの頃のリュートに何回説教したか覚えてないぞ」

「あはは!リュート、あなたに爆速で懐いたと思ったら、無理難題ばかり吹っ掛けてましたもんね」


リュート様にそんな可愛らしい少年期が……!?と聞き入っていたら、またノックがあり扉が開く。


「あれ……カレンさんはいいとして、オッサンなんでいるの?は?またウェンさん勧誘しに来たの?病み上がりのウェンさんに負担かけるのやめてくんない?」

6班長だ。ちなみに6班長のような若い世代の班長は、みんな2班長のことを「オッサン」と呼んでいる。


6班長はウェンさんと同い年で、なんというかこう……ウェンさんへの思いが強い方だ。

というか、6班丸ごと、ウェンさんをかなり慕っている風潮がある。

「ウェンさんは俺ら6〜10班の補佐官なの、部長筆頭補佐官なの。手ェ出さないでくれます?」

「……班長になったらウェンと同僚になれるぞ?」

「それは嬉しいけど、そしたらウェンさんが2班員のになっちゃうじゃん!」


また始まったなぁ。なんて思いながら苦笑いしていると、ウェンさんがにっこり微笑む。

「6班長、早く座りなさい」

「はいっ」


しゅたっ!と音がしたかと思うくらい、6班長がすみやかに応接スペースのソファに腰掛ける。

「よろしい。何の用件です?内容次第では2班長にも相談に乗ってもらったほうがいいでしょう」

「機構に採用予定の各種素材の耐久と実装試験の結果です。オッサンも時間あるならついでに聞いてくれると嬉しいかも」

「分かった」


退室するタイミングを逃したなぁ、と思っていたらウェンさんが私の方を見たので、一礼して退室する。


外の陽射しは明るくて、この間春になったと思ったばかりなのにもう初夏の兆しを見せていた。


『初夏には、護衛の排除を目的とした攻撃が起こる』

そんなカイル班長の言葉を思い出す。

ウェンさんを殴打した犯人は無事捕まり、来週から私の社交が再開される。


――どうか、何事もありませんように。

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