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「……」
ゼフトが上を向き、大きく息を吐く。
「リュート、分かってるか?王都の範囲走査を単独で行う意味が。お前の性能が強硬派にバレたら……お前はもう『顧問』ですら無くなる」
「ふふ、『国家資産』かな?『戦略兵器』?」
魔力量も、術式構築力も、それを行使する脳内演算力も、どうやら僕は人より多いらしいというのは理解している。
今は研究者としての「頭脳」しか評価されていない僕だけど、独力での魔術行使力も評価された場合……危険すぎると判断され、もう人間扱いされなくなるらしい。
にこやかに返してやると、げんなりした顔が僕の方を向く。
「割を食うのは、お前の可愛い嫁さんだぞ」
「カレンにだけは手出しさせないよ。最悪の場合は『戦略兵器』らしく、ひと暴れしてでも逃がす」
「はー、お前ほんと……仕方ねぇ、腹括るか」
ゼフトは勢いよく立ち上がり、隣の補佐官室に繋がるドアを開ける。
「……カイル、いるか?」
「おー、なんだよ?」
補佐官室に待機していたらしいカイルさんが入室してくる。
相変わらずデカい人だなと思う。
ウェンやゼフトより背が高い人を、初めて見た気がする。
背だけじゃなく、鍛え抜かれた体躯のおかげで全体的にとても大きく見えた。
ゼフトは険しい顔でカイルさんを見つめた。
「宮廷情報局には流すな、漏らすな。その前提で話を聞け」
「おいおい、随分物騒な出だしだな?」
片眉を上げるカイルさんを、ゼフトは睨みつける。
「強硬派を煽ってる事実上の主団体は、宮廷情報局だろうが。軍外組織のくせにつまんねぇ事してきやがって」
ここでそのカードを切るのか。
宮廷情報局――貴族院所属の諜報組織が軍内の強硬派を焚き付けていると突き止めていることも、カイルさんがそんな宮廷情報局と繋がりが深く――事実上の強硬派の間者であることも、もう少し触れないでいるのかと思っていた。
「ははっ」
カイルさんは可笑しそうに嗤う。
「ああ、そうだな。それで?そんな宮廷情報局と繋がりが太い俺に何の用だよ?情報、な〜んでも流れてくぜ?」
「それでも、部下思いのお前はカレン・ストックリーの不利になることはしないだろ。たとえ元部下でもだ」
「…………」
カイルさんは表情を無くしゼフトを見据える。
――沈黙。それが何よりも雄弁な回答だった。
ゼフトが淡々と更に言葉を重ねる。
「これから話す内容は絶対に強硬派と宮廷情報局には流せない、渡せない。その上で言うぞ……治安院の要人、誰か繋げ。治安院長が有難い」
「っは、お前。治安院長ってそんな大物……待て、マジで何考えてんだ?」
カイルさんの動揺は当然だ。
この技術開発部が国立軍『魔術院』に所属しているように、護衛官や警邏官達は国立軍『治安院』に所属している。
つまり、ゼフトが言っているのは「護衛官や警邏官など、国内治安維持組織の長に繋げ」と同義だった。
「国外重要任務も多いお前なら、直通知ってるだろ」
「……そりゃ知ってる、本人も秘書官もな。でも部長さん、あんた急にどうしたんだ」
ゼフトの眼はギラギラと輝いていた。
「俺も魔術院長に話をつける。せめてもの情けだ、お前には詳細を教えねぇ。代わりに馬鹿みたいな規模の犯人探しに協力してもらうぞ」
……あぁ、やっぱりこれ、許可取りの話か。
話の筋を確信したので、のんびりと二人を眺めることにする。
犯人探しと言われて、カイルさんも意味がわかったのだろう。
信じられない様子でゼフトの顔を凝視する。
「……正気か?補佐官一人に過保護なこった」
「正気だよ。俺のモンに……技術開発部部長の筆頭補佐官に手ェ出したんだ、落とし前つけてもらう」
一瞬の静寂。
ゼフトの言葉と表情に本気を悟ったのだろう。
カイルさんは苦々しげに頭を掻く。
「あー、しゃあねぇな……諜報側に流す内容、あとで一緒に考えてくれよ」
「ああ」
「俺からの直通はかえって目立つ。秘書官かませるから上手くやってくれ」
「助かる」
よかった。許可取り、上手くいきそうだ。
二人の会話を眺めながら自分で淹れたお茶を飲んでいたら、愛しい魔力を感知したので扉を開く。
扉の向こうで、ちょうど扉を開けようとしていたカレンが可愛らしく目を見開いていた。
「きゃっ?り、リュート様っ!ビックリしました……」
「ふふ、お疲れ様。ウェンの治療終わったの?」
「はい。ただ、少しお疲れだったのもあり治療中に眠ってしまわれて……今はまだ、お休みされてます」
ああ、可愛いなぁ。
さっきの傷を検める真剣な表情も、今みたいな和らいだ表情も全部可愛い。
「カレン、僕らはひと足先に顧問室に戻ろうか?」
――カレンには、ちゃんと話そう。
ウェンが、僕らにとって人間関係的な意味で大事な人であることは自明だけど、もう一つ。
ウェンと僕の大切な秘密を、カレンにも知ってほしかった。




