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33-1

「じゃあな、ウェン。また来いよ!」

休日。馴染みの工房から依頼の品を受け取り、街を歩く。


そのまま自宅に帰ろうかと思ったが、工具の手入れ道具を新調したかったことを思い出し、歩く道を変更する。

道具を買ったらそのまま手入れをしようか。それともあの人のタキシードや靴の手入れもして、夏用の装いもそろそろ確認して……。


そんなことを考えていたら、何かが視界を掠め、側頭部に衝撃が走る。


「……っ!?」

技術開発部員として、追跡魔導具は常に携帯している。

これは護符としても作用し、多少の衝撃は緩和してくれるが……それでも、視界が揺れる。立っていられない。

周りで誰かが悲鳴を上げている。


何が起こった?護衛官は?駄目だ、思考がまとまらない。


本当なら、顔を上げて犯人の姿を見ないといけないのに。

そんな余裕もなく、手近な壁にもたれ掛かる。


――視界の先で、地面にポタポタと赤いものが垂れ続けているのが見えた。



顧問室でいつも通り仕事をしていたら、腰に付けた魔導具からチリリ、と甲高い鈴の音がした。

誰かの追跡魔導具の耐衝機能が発動した時、私とウェンさん、ブノワさん。護衛班側の情報処理担当者に通知が飛ぶことになっている。


慌てて受信機に表示されている識別番号と表を見比べて――心臓が止まるかと思うくらい、血の気が引く。

頭が真っ白になって、行かなくちゃと走り出そうとするが、足が震え絡れる。


「カレン!?」

転びかけた私を抱えたリュート様が、そのまま腰についているもう一つの魔導具――ベスさんを呼び出すためのそれを起動させる。

「ベスさん呼んだから大丈夫、すぐに護衛官側で対応してもらえる。だから落ち着いて……識別番号、誰だった?」

「……ウ……」


呼びたくない。名前を呼んだら嫌な想像が現実になる気がして、怖くて涙が出そうになる。


それでも……迅速な情報共有が大事だ、行動しろ、報告しろと何とか頭を切り替え、深呼吸をする。

「……ウェンさん……です……っ」


私を抱えたまま、リュート様の動きが止まる。


――室内の空気が、窓から聞こえていたはずの生活音や雑音が、一瞬で沈黙した。

まるで、部屋そのものが……主の逆鱗に触れることを恐れ、息を潜めているかのようだった。


「カレンちゃん……っ!?」

ベスさんが顧問室の扉を開くが、リュート様が放つ魔力圧に反射的に硬直し、脂汗さえ浮かべる。


リュート様が、ゆっくりとベスさんの方を向く。

「……ウェンの安全確保。確保後すぐに容体と現場の状況を、端的でいいから僕に直接報告して。あと追跡魔導具も回収してすぐに持って来て。魔術的に手を加えることは許さない。触ったら分かるから、絶対に小細工しないで、そのまま持ってきて」


リュート様の尋常ではない様子に、ベスさんが慎重に口を開く。

「……承知しました。先程シュレインはじめ数名が現場に急行しましたので、共有します」


「ゼフトへ連絡は」

「情報処理担当からカイル宛に一報を入れています。状況を見て彼が直接、部長にお伝えするかと」

「分かった、それでいい。ゼフトとセリナさんは、不自然じゃない程度に早めに技術部棟に帰ってこさせて。あとブノワさんに顧問室に来るよう、声かけてもらえる?」

「……はい、失礼します」


ベスさんは私に心配そうな目を向けつつ、そっと退室した。

部屋の空気はまだ静かで、重くて冷たい。

私を抱えているこの腕に縋っていいのか分からなかったけれど……リュート様の固い表情を見ていられなくて、そっと腕に触れる。

途端、力一杯抱きしめられた。


「きゃっ、あ、あの、リュート様……」

「カレン、ごめん……ブノワさんが来るまで、暫くこうさせて」


リュート様の声が震えていることに気が付き、思いっきり抱きしめ返した。


気付くのが遅れて恥ずかしい。

リュート様にとって、ウェンさんは幼少期からのお知り合いだ。

ここ一、二年の付き合いの私より、動揺するのは当然だったのに。


「取り乱して申し訳ございませんでした、リュート様……大丈夫です、ウェンさんなら、きっと大丈夫ですから」

ブノワさんが来るまでの間、さっきとは逆にリュート様を励まし続ける。


空気が戻って来て、リュート様の身体から、ゆっくりだが力が抜けた。

「……ありがとう、カレン」

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