33-1
「じゃあな、ウェン。また来いよ!」
休日。馴染みの工房から依頼の品を受け取り、街を歩く。
そのまま自宅に帰ろうかと思ったが、工具の手入れ道具を新調したかったことを思い出し、歩く道を変更する。
道具を買ったらそのまま手入れをしようか。それともあの人のタキシードや靴の手入れもして、夏用の装いもそろそろ確認して……。
そんなことを考えていたら、何かが視界を掠め、側頭部に衝撃が走る。
「……っ!?」
技術開発部員として、追跡魔導具は常に携帯している。
これは護符としても作用し、多少の衝撃は緩和してくれるが……それでも、視界が揺れる。立っていられない。
周りで誰かが悲鳴を上げている。
何が起こった?護衛官は?駄目だ、思考がまとまらない。
本当なら、顔を上げて犯人の姿を見ないといけないのに。
そんな余裕もなく、手近な壁にもたれ掛かる。
――視界の先で、地面にポタポタと赤いものが垂れ続けているのが見えた。
◇
顧問室でいつも通り仕事をしていたら、腰に付けた魔導具からチリリ、と甲高い鈴の音がした。
誰かの追跡魔導具の耐衝機能が発動した時、私とウェンさん、ブノワさん。護衛班側の情報処理担当者に通知が飛ぶことになっている。
慌てて受信機に表示されている識別番号と表を見比べて――心臓が止まるかと思うくらい、血の気が引く。
頭が真っ白になって、行かなくちゃと走り出そうとするが、足が震え絡れる。
「カレン!?」
転びかけた私を抱えたリュート様が、そのまま腰についているもう一つの魔導具――ベスさんを呼び出すためのそれを起動させる。
「ベスさん呼んだから大丈夫、すぐに護衛官側で対応してもらえる。だから落ち着いて……識別番号、誰だった?」
「……ウ……」
呼びたくない。名前を呼んだら嫌な想像が現実になる気がして、怖くて涙が出そうになる。
それでも……迅速な情報共有が大事だ、行動しろ、報告しろと何とか頭を切り替え、深呼吸をする。
「……ウェンさん……です……っ」
私を抱えたまま、リュート様の動きが止まる。
――室内の空気が、窓から聞こえていたはずの生活音や雑音が、一瞬で沈黙した。
まるで、部屋そのものが……主の逆鱗に触れることを恐れ、息を潜めているかのようだった。
「カレンちゃん……っ!?」
ベスさんが顧問室の扉を開くが、リュート様が放つ魔力圧に反射的に硬直し、脂汗さえ浮かべる。
リュート様が、ゆっくりとベスさんの方を向く。
「……ウェンの安全確保。確保後すぐに容体と現場の状況を、端的でいいから僕に直接報告して。あと追跡魔導具も回収してすぐに持って来て。魔術的に手を加えることは許さない。触ったら分かるから、絶対に小細工しないで、そのまま持ってきて」
リュート様の尋常ではない様子に、ベスさんが慎重に口を開く。
「……承知しました。先程シュレインはじめ数名が現場に急行しましたので、共有します」
「ゼフトへ連絡は」
「情報処理担当からカイル宛に一報を入れています。状況を見て彼が直接、部長にお伝えするかと」
「分かった、それでいい。ゼフトとセリナさんは、不自然じゃない程度に早めに技術部棟に帰ってこさせて。あとブノワさんに顧問室に来るよう、声かけてもらえる?」
「……はい、失礼します」
ベスさんは私に心配そうな目を向けつつ、そっと退室した。
部屋の空気はまだ静かで、重くて冷たい。
私を抱えているこの腕に縋っていいのか分からなかったけれど……リュート様の固い表情を見ていられなくて、そっと腕に触れる。
途端、力一杯抱きしめられた。
「きゃっ、あ、あの、リュート様……」
「カレン、ごめん……ブノワさんが来るまで、暫くこうさせて」
リュート様の声が震えていることに気が付き、思いっきり抱きしめ返した。
気付くのが遅れて恥ずかしい。
リュート様にとって、ウェンさんは幼少期からのお知り合いだ。
ここ一、二年の付き合いの私より、動揺するのは当然だったのに。
「取り乱して申し訳ございませんでした、リュート様……大丈夫です、ウェンさんなら、きっと大丈夫ですから」
ブノワさんが来るまでの間、さっきとは逆にリュート様を励まし続ける。
空気が戻って来て、リュート様の身体から、ゆっくりだが力が抜けた。
「……ありがとう、カレン」




