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しばらくして、頭痛が落ち着いたウェンさんは仕事を再開した。
「ウェンさん、あんまり無理しないでください」
「ありがとうございます。ふふ、でも頑張らないと」
返す言葉がない。
リュート様が叙爵して以降、部長もセリナさんも渉外は多忙を極めている。私自身も社交が始まってしまったので……内勤の負荷は、リュート様とウェンさん、ブノワさんに集中しているのが現状だ。
「い、一緒に頑張らせてください!」
「ありがとうございます。そういえば、もともとこの部屋に来たご用事は?」
「あ、何件かあるんですけど、まずは――」
そんな風に業務をしていたら、ノックと共に扉が開かれる。
ちなみに、換気が終わったタイミングで魔導具の紙の色は『緑』――好きに声をかけてくれてかまわない。に変更している。
扉を開けたのはブノワさんだった。手には紙の束を持っている。
「お二人とも此処でしたか。ちょうど良かった、拝見した各班の書類、お返ししますね。これじゃ軍本部に提出しても差し戻されます」
軍本部に提出する書類は、部材・備品申請や実験場の借用申請など多岐にわたる。更に外部調査については護衛官や警邏官の同行が前提なので、行動計画書なども必要になってくる。
書き慣れていない班はそれらの作成に苦労し、上がってきた書類は高確率で差し戻される。
「あれ?これ……」
「見覚えなくて当然ですよ。僕のところに直接提出されましたから」
「えっ!?す、すみませんでした!」
普段は私とウェンさんで一次受け取りし、手直しをしてからブノワさんにお渡ししているのだが、今回は班長達が気を遣って直接ブノワさんに提出したらしい。
この量……結果としてブノワさんの業務をかなり圧迫しただろう。
慌てて頭を下げたが、ブノワさんは表情を変えず淡々と口を開く。
「そろそろ、班長会議で書類の書き方講座でもやりますか?」
「流石にそれは……」
「本当に申し訳ありません、班長さん達には私からお伝えしておきますので……!」
手直しが必要な分を受け取りながら、ウェンさんと二人でブノワさんに謝罪する。
「書類の体裁整えは、本来補佐官の仕事じゃなくて班の仕事ですよ。……班長の指導も補佐官の仕事じゃありませんけど」
「すみませんブノワ。とりあえずこれは私達で仕上げますので」
「は、はい!すぐに終わらせますので!」
ブノワさんは、そっと溜息を吐く。
「……本当に、無理だけはしないでくださいよ」
◇
またしばらくして、6班長がぐったりした様子で小会議室に来た。
「ウェンさん、素材の配合別の強度が計算と合わないんで、相談乗ってください……」
「素材の話ですか?組んだ後?」
「組んだ後です。模型サイズで試してるんですけど――」
ブノワさんや6班長だけじゃない、沢山の人が小会議室に来る。
その度に、ウェンさんは一人ひとりに丁寧に対応する。
事務的なものから今のような研究内容そのものについてまで、相談内容も多岐にわたる。
――凄いなぁ。皆に頼られて。
6班長が出て行った後、手を止めてはいけないとわかりつつも思わず聞いてしまう。
「あの、ウェンさんって、どういう経緯で技術部に?」
「おや、言っていませんでしたか?……私はゼフトに『見つけて』もらったんです」
ウェンさんはくすくすと笑って、言葉を続ける。
「14歳くらいの頃でしょうか。見習いで働いていた工房に、技術部員になりたてだった頃のゼフトが来たんです。ものすごい勢いで話しかけられて……気が付いたら技能奨学生として学園に放り込まれて、気が付いたら技術部にいました。リュートと知り合ったのは、そのすぐ後くらいです」
「……え」
技能奨学生を経て、卒業後そのまま技術部……って、もしかしなくても、ものすごい経歴なのでは?
ぽかんと固まっていると、すこし照れくさそうにウェンさんは微笑んだ。
「リュートに医療術や支援術の才能を見出してもらった貴女と同じですよ。……ふふ、ゼフトと出会って20年、色々ありましたが何だかんだ良い思いをさせてもらっていますので……今は、恩返し中です」
「恩返し……」
ウェンさんはにこりと笑って首肯すると、「さて、やりましょうか」と書類に目を落とす。
――すごい、本当にすごい。
恩返しで国最先端研究を行う部署を支え続けるなんて、並大抵の努力じゃできない事だ。
ゼフト部長に見出されてからも、ずっとずっと努力してきたんだろう。
私も、リュート様に何か御恩返しできるかな?
「わ、私、ウェンさんみたいな人になれるように頑張ります!」
「あはは、ありがとうございます。じゃあまずは仕事をしましょうか」
「はいっ!」
◇
夕刻になり、リュート様のお食事の用意をするため、いったん小会議室を後にする。
一緒に食事をしながら相談した結果、今日はこのまま小会議室で最後までウェンさんのサポートをしつつ業務を進めていいとのことだった。
後片付けを済ませて小会議室に戻るが、ウェンさんが居ない。書類などは置いてあるので戻っては来るのだろう。
先に仕事を始めようとしたら、後ろから話し声がした。
「あれ?シュウさんとウェンさん?」
「おーっす」
「カレンさん、戻ってきて大丈夫なんですか?」
何故かシュウさんがウェンさんと歩いてきた。
話を聞くと、なんと一緒に夕食を食べていたらしい。
「俺がナンパしたー。この間の一件で俺、技術部の人にビビられてるらしくてさ。この人と一緒に居れば多少は印象改善になるだろうってベスさんが言うから」
「あはは、シュレインは正直ですね。そんなわけでお誘いに乗ってみました」
案外相性が良かったようで、食事をともにして打ち解けたようだった。
気安い雰囲気で笑顔を浮かべている。
「いやー、真面目過ぎてかえって面白いわこの人。案外いい性格してるし」
「ふふ、揶揄ってるんですか?おだててるんですか?」
「えー、おだててたらなんか出る?」
「……説教ですかね」
「すげぇヤなんだけど」
あはは、と笑い合うシュウさんとウェンさんを見て、私まで笑みがこぼれる。
護衛官時代の先輩と今の先輩が仲良くなるのは、存外嬉しいものだった。
シュウさんと解散し、ウェンさんが私を向き直る。
「さて、ではカレンさん、もうひと頑張りしましょうか」
「はい、よろしくお願いいたします!」




