32-1
シュウさんが護衛に付いた効果は覿面だった。
馬車に人が近づいてくるような襲撃は鳴りを潜め、石の投擲や隠匿された攻撃術式といった威力偵察に戻ったし、その実行犯もシュウさんが捕縛する。
「シュレインのおかげで、ようやくまともなのを捕まえられた。それを受けて軍の情報部が本格的に捜査を開始した……ここからは時間との勝負だな。奴さんたちがシュレインを潰す気で来るのが先か、情報部が尻尾を掴むのが先か」
「俺を殺す気で来る方が早いでしょ」
カイル班長の言葉に、シュウさんがケラケラと笑いながら答える。
その内容に思わず下を向いた。
前回の襲撃同様、部長室に皆で集まって報告をしている。
今回はシュウさんの加入による成果報告だ。
――いま、最も危険なのはシュウさんだ。
一番注目されている私、そしてその私の護衛最前線にいるのだから当然だ。本人も他の護衛官も、覚悟はしている。
それでも……元相棒を危険な目に遭わせておいて、自分は馬車に隠れるだけというのは、ひどく嫌だった。
「シュレインのおかげでストックリーへの襲撃は落ち着きを見せている……が、これは向こうが準備しているだけにすぎない。シュウを倒すか?他の連中を狙えないか?ってな。全員くれぐれも注意してほしい」
カイル班長の言葉に、皆が頷く。
このまま威力偵察が続く間は報告書のみ、また襲撃レベルがあったら集まるということで、この場は終了した。
「さーて、今日の中庭鍛錬俺だー、行ってこよ」
「シュウさん、今日は絶対流血なしの準備運動ですからね!」
「へいへい、わかってるよ」
シュウさんを見送ってリュート様と顧問室に戻ると、5班長が待っていた。
「カレンさん。昨日の週次報告会の議事録終わってますか?週報書くのによければお借りしたく。各班配布分が終わってるなら自分が貰いついでに他班にも配ってきますが」
「ありがとうございます!あと印字すれば終わりますので……」
慌てて各班分の議事録を印字して、5班長に渡す。
「あの……ありがとうございます。週次報告書も班で書いていただいて」
「いえ、むしろ今まで骨子部分をお願いしていて、すみませんでした。雛形も助かりました」
「本当ですか?ふふ、ウェンさんと頑張って作った甲斐がありました」
各班で週報を書いてもらった時、書式が異なると整えにかえって時間がかかる。
そこでウェンさんと各班分の雛形を用意したのだ。
おかげで週報の体裁や単位表記のチェックが、かなり楽になった。
5班長が私をじっと見る。
「……うちの補佐官は皆、働き者ですね」
「えっ?」
5班長はゼフト部長とあまり歳が変わらない。2班長、ゼフト部長、5班長が技術部では年長組だ。
私の父親世代とも言える方々にそう言ってもらえるのが嬉しくて、くすぐったい気持ちになった。
「ありがとうございます、これからも頑張ります!」
◇
「リュート様。いくつか確認点がありますので、少しウェンさんのところに行ってきますね」
「うん。今日は僕も査読集中するから、ウェンがしんどそうなら手伝ってあげて」
「承知しました!」
そんな会話をして部長室に向かうと、ゼフト部長とカイル班長だけだった。
ウェンさんは小会議室との事だったので、いつもの小会議室に向かう。
「……あ」
ドアノブには小さな魔導具が掛かっていた。
金属の札に覗き窓のような穴があり、その奥の紙が今は『赤』を示している。
集中しているから話しかけないでほしい、という意味だ。
ウェンさんの手作りで、部屋の中から遠隔で中の紙をずらして色面を切り替えられる仕組みらしい。
こういう時、ウェンさんが魔導技師であることを思い出す。
しかしウェンさんに相談しないと業務がいくつか止まってしまう。
あとでお時間をいただきたいってご相談だけでも……。
そう思って、小会議室をノックする。
「……はい。少し待ってください」
ウェンさんの声がして、しばらくすると扉が開く。
「あ、すみません。後でお時間を……」
ウェンさんの顔を見上げてすぐ、その顔色の悪さに驚いてしまう。
そっとウェンさんを押して小会議室に入り、扉を閉める。
「おや、どうされました?」
「……ウェンさん、あの……大丈夫ですか?」
ウェンさんは笑顔を作ろうとしているが、顔色は悪く、目つきもいつもより険しい。
私の言葉に、ウェンさんは辛そうな表情を隠すのをやめ、それでも微笑む。
「貴女には、いつも見抜かれますね」
「すぐ座ってください」
「ああ大丈夫、いつもの頭痛ですよ。……お恥ずかしい限りです」
頭痛持ちのウェンさんは、たまに激しく頭が痛むことがある。今回もそうだったのだろう、ウェンさんは椅子にぐったりと腰掛ける。
会議室の机には、薬草茶が置かれていた。
「……ふふ、しばらく部長室には戻れませんね」
「部長に何か書類、出してきますか?」
「大丈夫です。あの人いま居ませんし、書類はあとで執務机に置いておきます」
部屋を更に換気し、軽い鎮痛術式をかける。
ついでに頭部走査もさせてもらった。
机に突っ伏しているウェンさんの、斜向かいの席に腰掛ける。
「……リュート様、今日はお一人で集中されたいみたいなんです。ウェンさんがよくなるまで、ここで仕事してていいですか?」
「勿論です……ありがとうございます」
痛みを堪えつつ笑うウェンさんに、微笑みで応える。
本当はウェンさんの実情をゼフト部長とリュート様に伝えるべきなのかもしれない。
でも出来なかった。
――優しいあの方々に心配をかけるなんてこと、絶対にしたくない。ウェンさんのその気持ちが痛いほどわかるから。
私だって、リュート様に体調が悪いところなんて、見せられないし見せたくない。
少しずつ鎮痛術式が効いてきたらしい。ウェンさんが、痛みに眉根を寄せながらも微笑む。
「……カレンさんみたいな奥さん貰えて、あの子は幸せ者ですね」
「えっ、お、恐れ入ります……っ」




