31-2
「いや、まじで仕事してんのかよ」
日付が変わろうかというくらいの時間。
顧問室にノックがあったので、出たらシュウさんがいた。
今夜は顧問室に泊まる日。社交に出て仕事が滞りがちなのも事実なので、まだ軍服に身を包み普通に仕事をしている。
リュート様はご自身の研究に集中したいからと仮眠室側で作業をされているので、今、顧問室には私一人だ。
「シュウさんどうされました?」
「あぁ、俺は詰所に戻るから声掛けに来たのと、顧問さんに伝言頼まれてて。繋いでもらっていいか?」
「分かりました」
そう言って振り返ろうとした瞬間、仮眠室からリュート様が出てくる。
「なに?」
「部長さんから伝言を預かってる。アンタ一人だけに伝えたいから、ちょっと顔貸して」
「……わかった」
そのまま廊下に出ようとするので「だったら私が出ていきますよ」と声をかけたら、リュート様に「待ってる間に寝支度を整えて」と言われてしまった。
◇
言われた通りに仕事をキリのいいところまで進め、湯浴みをして……流石に寝着のままリュート様を待つわけにもいかなかったので、人に見られてもいい程度のワンピースドレスを着て待つ。
私服で執務室にいるのが居た堪れなくて仮眠室で本を読んでいたら、リュート様が戻ってきたのか顧問室の扉が開く音がする。
本を置いて執務室側と繋がる戸まで辿り着くのとほぼ同時に、リュート様が戸を開く。
向かい合ってしまった気恥ずかしさと焦りで、頬が熱くなる。
「あ、お、おかえりなさいませっ」
「…………」
リュート様の様子がおかしい。
返事もなく、驚いたように目を丸くして固まっている。
しばらく沈黙が続き、何か変なところがあっただろうか?と思わず腕や服の裾を確認し始めたあたりで、腕を引かれ抱きしめられた。
「え、えっ!?」
「破壊力やば……毎日言ってほしい……」
「あ、あの……?」
おかえりなさい、という言葉自体は打ち合わせなどから戻られたタイミングでよく言っているはずなんですが……?
戸惑っていると、抱擁から解放された代わりに今度は両頬を手で包まれる。
「カレンが、その格好で仮眠室――僕の部屋の中で待っててくれて、おかえりって言ってくれるの、すごくイイ」
「あ、あぅ、あの……」
そのまま唇が降ってくる。
赤茶色の瞳がどこまでも甘くて、顔だけじゃなく全身が燃えそうに熱い。
「それ、寝巻きじゃないよね?」
「は、はい。違いま……ひゃっ!?」
答えるのとほぼ同時に、胸元のリボンをリュート様が解き始める。
「じゃあ、着替えないとね」
「き、き、きがえてきます!向こうで!!」
気恥ずかしさのあまり半ば混乱して、涙目になりながらリュート様の手をギュッと握って止めてしまう。
鼓動がリュート様にも聞こえてしまっているんじゃないかっていうくらい、全身に響く。
リュート様はほんの少しだけ目を瞬かせると、ゆったりと微笑んで唇を私の耳元に寄せる。
「……残念。着替え、手伝いたかったのに」
「〜〜〜っ」
最近、仮眠室でのリュート様の、なんていうか勢いがすごい。
私の心臓、保つだろうか……。
◇
結局、リュート様が湯浴みをしている間に夜着に着替えることになった。
慌てて着替えを済ませて待っていると、リュート様が湯浴み場から戻ってくる。
この顧問室にはいつも使っている執務室と仮眠室の他に、流しや湯浴み場、お手洗いも備わっている。
本気で籠ろうとすれば、廊下に出る必要すらないのだ、この部屋は。
リュート様がこの部屋で、この生活を始めてもう8年近く。
――たまに実感して、怖くなる。
軍は、この国は……本当に、この方をここから出す気が無いのだろう。
「どうしたの?カレン」
不思議そうに私を見るリュート様に、なんでもないとそっと首を振った。
そのまま話もそこそこに、二人で寝台に横になる。
『仮眠室』の名の通り、この部屋の寝台は壁付の二段ベッドなので、普通の寝台よりもともと少し狭い。
二人で寝転ぶと更に手狭に感じ、なんだか申し訳なかった。
私がもう少し小柄だったらよかったのに……。
少しでもリュート様が休みやすいようにと端に寄っていたら、身体を引き寄せられる。
「なんでそんな端にいくの、こっちおいで」
「あの、狭くないです、か?……ひゃぁっ」
足すら使って捕まえられる。まるで抱き枕か何かになったようだ。
私を抱え込んだリュート様が、満足げに息を吐いた。
「その方がくっつけて嬉しい」
「ううううぅ……」
最初は恥ずかしさと動悸で全く眠れる気がしなかったのだが、リュート様の腕の温かさに、心音に、次第に安心が勝る。
久しぶりに、昏睡術式や睡眠導入術式を使うことなく眠りについた。




