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30-1

「ではリュート様、本日は小さなお茶会に行ってまいります。班長会議中くらいには帰って来られる予定ですので」

ドレス姿に着替えたカレンが、愛らしく微笑む。

化粧が取れない程度に、そっと頬に唇で触れる。


「うん、いってらっしゃい」


ルキウスって人の火消しをゼフトが無事終わらせ、一連の会話が「無かったことに」なってから一週間ほど。


あの日ゼフトを見送った後、起きたカレンとしっかり話し合いをした。

穏健派と強硬派のことも、全部説明した上で……どうか、僕のことを信じて欲しいと。頼って欲しいと伝えた。


カレンは己の失言を恥じ悔いていたけれど、僕の見解は違う。あれはカレンが、僕の想いの強さを信じていないから起きたことだ。


色々話した結果、社交があった日の夜は、カレンが仮眠室に泊まりに来るという新しいルールを決めた。

カレンも社交は精神的に疲れるのだろう。最初は恥ずかしそうに躊躇していたが、最終的には受け入れてくれた。


……ただ、まだカレンの表情はどことなく落ちている。

失言が外交問題になりかけたことは、彼女の中でまだ尾を引いていた。


今夜はカレンが泊まる日だ。彼女を支えるために僕に何が出来るだろう……。

溜息を吐きたいのを堪え、ひとりで仕事を進める。

他班へ打ち合わせをしに廊下を進む。


日差しが暖かく、もうすっかり春だなと思いながら歩を進めていると、真っ青な顔で階下の中庭を眺め、怯えている人だかりを見つけた。

その中に、これから打ち合わせ予定の4班長もいる。


「どうしたの?」

そう声をかけたと同時に、鈍い音と怒号が下の中庭から響く。


「その程度で動けなくなるとか、テメェ何考えてんだ?!実戦で死にたくなかったら、その程度とっとと立って反撃しろ!!」

中庭で行われている、護衛官同士の組み手訓練。

年明けから始まったそれ自体は日常として技術部に溶け込み始めていたが……今日は様子が違う。

今日のそれは、明らかに『訓練』の域を超えていた。


たまに館内巡回で見かける黄緑色の髪の護衛官が、中庭に立っている。

今日の組み手担当だったらしい彼の相手役は――血を流して倒れていた。


「顧問。なんか、いつもよりヤバくない?」

「……うん。なんかいつもより激しいね」


4班長とそんな話をしていたら、複数人の護衛官が駆け寄って血塗れの護衛官を助け起こしたり、黄緑頭を囲み、人によっては彼の胸ぐらを掴んでいる。


「シュレイン!お前やりすぎるなっていつも言ってんだろうが!」

「あぁ?ふざけんなよ、それで敵が手ェ抜いてくれんのか?それ以上甘ったれたことぬかすなら、次はお前の事ボコしてやろうか?」

「テメェがふざけんな!!」


いつもの事なのだろう。

そのまま本当に殴り合いを始め、彼は止めに来た同僚……普段、館内常駐だったり巡回だったりをしている護衛官達を殴り飛ばしている。相当な実力者らしい。


「え、怖……」

「だ、誰か止められそうな人探す?」

班員達が動揺してきたので、そろそろ止めようかと魔力を手に込めかけた瞬間、今度は黄緑頭が吹っ飛んだ。


「……シュレイン、あとで反省文」

ゼフトに普段張り付いているカイルさんだ。呆れたように溜息を吐きながら、頭を掻いている。

護衛官班長というだけあって、やはり強いらしい。


シュレインと呼ばれた黄緑頭の男が、血反吐を吐き捨てて立ち上がるのを見ていたら、横からゼフトの声がした。

「おーい、お前ら。カイルに任せてりゃ大丈夫だ。眺めてないで仕事しろー」



月に一度の班長会議。

普段から週次報告会などで班長同士顔を合わせる機会は多いが、確実に1班から10班まで全員が一堂に会するのはこれだけだ。

諸事情により部長のゼフトが少し遅れるらしい。ゼフトを待っている間、班長達はさっきの中庭の件で盛り上がっていた。


「やばかったよなー、あれ」

「お前も見てたん?いやマジで怖かったって~」

「班員の女の子泣いちゃって、医務室連れてったわ……」


そんな話をしていたら、ゼフトとカイルさんが入室してきたので、全員口を噤む。

ゼフトが気まずそうな顔で僕を見て、口を開いた。


「先に緊急の通達を行う。今までも対外組織から『接触』を受けていたストックリー顧問補佐官だが……今日、『襲撃』を受けた。もともと明日付けで行う予定だった警備体制の変更を、前倒しで本日から実施する」


思わず立ち上がる。後ろで椅子が倒れた音がしたが、どうでもよかった。

「カレンは!?」


ゼフトが口を開く前に、カイルさんが言葉を挟む。

「もう研究所敷地に到着済みだ。ベスが守り切った。念のため医務室で診察中だが、まあ無傷だろうな」

「……わかった、ありがとう」


返された内容に少しだけ冷静になった。

僕が座り直す間、カイルさんが言葉を続ける。

「今度からカレン・ストックリー顧問補佐官の外出時に『矛』を付けさせてもらう。紹介するから顧問殿と班長さんたちも顔を覚えてくれ」


カイルさんが扉の外に向かって声をかける。

「おい!入ってこい!」

「うぃーす」


物凄く雑な返事と共に、扉が開かれる。

入ってきたのは――先程まで話題の中心だった、黄緑頭の護衛官だった。


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