第8話:忘れられた区画の整備
無機質な会議ホールに、徐々に活気が戻っていた。
クラリッサが主導する再構築により、照明と端末が次々と点灯。
中央円卓にはカイ、リア、ゲイル、クロエ、バルナ、ヒール、そしてクラリッサのホログラム投影が集まっていた。
「まずは現状の整理だ」
カイが簡潔に切り出す。ホールの中央スクリーンには、クラリッサが解析した地形データが投影されていた。
クラリッサが前に進み出るようにホログラムを強調した。
「では、ご説明いたします。まずこの区域には大きな問題があります」
会議室のモニターに映し出された地図には、赤い点滅が一箇所だけ浮かんでいた。
「問題の区域はここです」
クラリッサがホログラムの前に立ち、淡々と説明を始めた。
「この場所では、地磁気の揺れと空気の成分の変化が観測されています。酸素濃度が異常に高くなったり低くなったりする。ときには、有害なガスが混じることもあります」
「それって……人間が入ったらヤバいってこと?」
リアが不安そうに尋ねる。
「はい。呼吸するだけで危険なタイミングがあります。これは長い年月の中で自然に変わってしまった可能性が高いです」
クラリッサは別のホログラムを表示した。そこには、崩れかけた構造物の中に、不安定な空気の流れや熱の偏りが示されていた。
「閉ざされた空間に、圧力やエネルギーが溜まりすぎた結果、こうした異常が起きていると考えられます」
バルナが腕を組んでうなる。
「じゃあ入る前に、何か準備がいるな」
「ええ。その通りです」
説明を終え、クラリッサは一歩下がった。
「原因が人工的でない分、予測が難しい。ですが、冷静に進めれば対処は可能です」
「じゃあ……行くのね」
リアが静かに言った。
「そうだ。だが今回は慎重に行く」
カイが立ち上がる。
「そこに何があるのかをまずは知る。それが最優先だ」
仲間たちは頷き、ゆっくりと席を立った。
問題の区域に到着した一行は硬い金属扉が、軋んだ音を立ててゆっくり開いた。
その奥には、今まで誰も足を踏み入れていない――封じられた空間が広がっていた。
「……これが、問題の区域」
リアが小さく呟く。
先頭に立つカイが、空気の流れを確認するように手をかざす。
すぐ背後では、クロエとゲイルが警戒態勢で周囲を見回していた。
「クラリッサ、空気の状態は?」
「現在は安定していますが、成分にやや不均衡あり。フィルター付きの呼吸装置は着用継続を推奨します」
天井の一部が崩れ、斜めに傾いた通路を越えて、彼らはゆっくりと奥へ進んだ。
床には苔のような黒い物質が広がり、時折、微かに振動を発している。
「……自然のもの、なのか?」
ゲイルが足元を指してつぶやく。
「いえ。人工物と自然物が長年融合した結果と思われます。素材の解析には時間を要します」
クラリッサの声が静かに響いた。
「……ここが、環境の異常反応の中心地点か」
カイが慎重に近づく。
クラリッサが背後でホログラムを展開しながら言った。
「予測通り、古いエネルギーコアの暴走が、環境の変化を引き起こしています。制御機構は完全に朽ちております」
さらに奥へ進んだ先――そこには巨大な装置が眠っていた。
天井まで届く黒い円筒。金属の外殻はひび割れ、外装パネルはあちこち外れている。
だが、その中心部には、かすかに脈打つような赤い光がまだ残っていた。
「……これが、動力源だったものか」
カイがそっと手を触れる。
「はい。おそらく本区域全体をかつて支えていたエネルギーユニットです」
クラリッサのホログラムが浮かび、周囲に補助データを展開する。
「完全停止ではなく、非常用ループが断続的に生きてる……」
クロエがコードを覗き込んで驚いたように言った。
「これ、動くんじゃないか?」
「可能性はあります。ただし、自己修復機能が限界を迎えており、外部からの手動再起動が必要です。 しかも――複数の回路が“意図的に切断”されています」
「意図的に……?」
リアが眉を寄せた。
「誰かがこれを止めたってこと?」
ゲイルが問いかけると、クラリッサが静かに首を振った。
「記録に人為的な痕跡はありません。むしろ、システム自身が自己封鎖した形跡があります。おそらく、過負荷または未知の干渉を遮断するため、自動的にシャットダウンしたのでしょう」
「自分で止まった……ってことか」
カイは小さく頷いた。
「復旧は可能だ。ただし、段階的に進める必要がある。暴走のリスクもあるからな」




