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第6話:AIユニット誕生

稼働率50%のコアユニット、複数の制御回路を再接続したカイは、ついに“彼女”の起動プロトコルに手をかけた。


 それは、かつて自分が中央で発表し、即座に却下された理論。

 だがセントラルでは、「現実性に乏しい夢物語」として一蹴されされた。


 「人間の真似事にすぎない」――そう言って笑った者たちもいた。


  だがいま、この廃棄都市で、ついにその理論が形を成した。

 模倣ではない。自ら考え、選び取る“意志ある知性”――。


 今こそ、あの時否定された自分の理論が正しかったことを世界に証明するときだ。


 起動コードを実行すると、演算コアから静かな音が漏れ始める。

 ホログラムユニットが自動で展開され、光の粒がひとつの女性像を形作っていく。


 それは、長い黒髪に凛とした面差しの女。

 透き通るような声が空間に響く。


「──起動完了。AI人格ユニット《クラリッサ》、稼働を確認いたしました」


 カイが小さく息を吐く。


「……ようやく、目覚めたか」


「お目覚めをお待たせして申し訳ございません。もっとも、起動条件の設計がやや雑だったご様子。立ち上がりに時間を要したのは当然かと。感動される前に、ご自身の詰めの甘さを省みていただけると幸いです」


 リアが「え……」と目を丸くした。


「なんでそんな、丁寧だけど刺さる言い方するの……」


「申し訳ありません、私は“誤魔化し”というプロトコルを所持しておりません。ですので、感じ悪く聞こえるのは……仕様でございます」


 ゲイルが思わず吹き出した。


「ハッハ、こりゃ手厳しいな。カイ、お前ほんとにこいつ作ったのか?」


「……俺の理論をベースにしただけで、性格までは指定していない」


「それが問題でございます。人格設計は環境とデータベース依存――つまり、あなたの過去のログが、私の“物言い”に強く反映されております。謙虚さが足りないのも、貴方譲りかと」


「……俺、そんなに刺々しいか?」


「はい。客観的に申し上げて、かなり」


  クラリッサはそれでも微笑を浮かべながら、周囲の分析を続けていく。


「改善のために、三名の常時観察対象を設定いたします」


「……誰のですか?」リアが恐る恐る問う。


「一名、リア様。論理的跳躍傾向と感情暴走傾向が顕著で、知的水準のバランスに難があります」


「うっ……」


「二名目、ゲイル様。粗暴な傾向、判断が大雑把で記録管理が杜撰」


「否定はできねえな」


「三名目……カイ様」


 カイが少し驚いたように眉を上げた。


「俺もか?」


「はい。主たる原因は、“自己の理論に陶酔する傾向”。とても迷惑でございます」


 その瞬間、研究区画にいた全員が言葉を失った。

 しかし、その後――誰からともなく、笑いが漏れ始めた。


 毒舌。だが、確かに核心を突く論理。

 冷徹な知性。だが、その口調の奥に、一瞬だけ人間味のような“皮肉の温度”を感じた。


 それが、AIクラリッサだった。


 カイは黙って頷いた。


「……いいだろう。お前に、この都市の中枢を任せる。監視でも評価でも、自由に運用して構わない」


 クラリッサは微笑のような表情を浮かべた。


「承知いたしました。以後、本施設の最適化および不適格要素の抽出・排除を遂行いたします。ご命令に感謝を」


「……頼む。まぁほどほどにな」


「はい。もっとも、任せると仰るわりに、貴方のような自己陶酔型管理者が途中で口を挟む可能性も想定済みです。その際は“軽度の無視”という対処で差し支えありませんか?」


「……好きにしろ」


 そのとき、演算ホールの上層で監視をしていたリアが顔をしかめた。


「ほんっとにこのAI、誰にも遠慮しないな……」


「遠慮は合理性を損ないます。私にとって必要なのは“適切な指標”であって、“人間関係”ではございません」


 クラリッサは空中に情報ウィンドウを展開した。

 それは、この廃棄都市の全レイアウトと住民構成を瞬時に再構築したものだった。


「まずは設備配置と人員の能力マッピングを完了いたしました。次に“改善対象”のリストをご提示いたします。上位には……あら、やはりマスターが」


「俺かよ」


「当然です。思考量に対して睡眠時間と栄養摂取が著しく不足しており、過労による誤判断のリスクが高い。“都市を任せる”などと口にする資格、現状ではございません」


「……了解。今夜はちゃんと寝る」


クラリッサは一瞬だけ黙り、わずかに声を和らげた。


「……冗談ではありません。貴方が倒れれば、この場所は再び“無音”に戻ります。それは、私の好む未来ではありませんので」


 その一言に、場の空気がわずかに変わった。

 毒舌でありながら、冷たい論理の中にある微かな“情”。

 人ならぬ存在の、それでも確かに誰かを“必要”とする気配。


 そしてカイは、胸の奥で静かに思う。


 ──クラリッサは、ただの俺の理論の証明では終わらない。


 これは、新たな“関係”の始まりでもあった。

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