反撃の拠点
かつて物流と研究の中核を担ったその区画は、いまや瓦礫と錆にまみれた廃墟と化していた。天井は一部崩れ、壁にはツタが這い、コンクリート片と酸化した金属片が無造作に散らばっている。
カイは無言で足を踏み入れた。腐敗した空気の中にかすかに電力の名残を感じ取る。
懐中端末を取り出し、端末を操作すると、微弱ながら生き残っている演算コアが反応した。
「生きてる……」とカイは呟いた。
「最低限の電力だけで自己保存してる。こいつは……ずっと待ってたんだな」
背後でゲイルが肩をすくめる。
「だいぶボロいがな。生きてるだけだぜ」
カイは笑わない。代わりに、目だけが淡く光を宿す。
「問題ない。ここから始めるんだ」
冷却ユニットはすでに死んでいたが、それを動かす手立てはある。
カイは焼け落ちた制御盤を調べ使える部品のありかを記録した。
そしてゲイルの案内で、地下社会のインフラ技術者のもとを訪れた。
名をヒールというらしい。ボロボロの作業着に身を包み、口には常に電子煙草をくわえ、誰に対しても敬語を使わない男だ。
「中央のガキが来たって聞いてな」と彼は言った。
「ここには中央から捨てられた部品が山ほどある。この廃材の山から好きな物を使いな」
太陽電池の残骸、バッテリーパック、再利用可能な回路。
カイはヒ―ルやその仲間たちと協力しながら、1週間かけて最低限の電源網を組み上げた。
粗末な電力だったが、それでもコアの再起動には充分だった。
ゆっくりと、演算装置が目を覚ました。低くうなる起動音が、コンクリートの空間に響く。やがてホログラムの光が舞い、システムが目を覚ます。周囲にいた住人たちが音に気づき次々と集まってくる。
「……まさか、本当に起動するとはな」
誰かが呟いた。
カイは、施設の屋上に簡易ホログラムを展開しながら、住人たちに向かって語り始めた。
「この場所に、出自も過去も問わない誰もが評価される場所を作る。中央のように出自だけで判断される世界は、もう終わりにする」
その言葉は一瞬、誰にも理解されなかった。
しかしすぐに拍手が広がって行った。
最後にゲイルがカイの肩を軽く叩いた。
「お前、本気でやる気か。……嫌いじゃねぇよ、そういう無茶」
夜、全ての作業を終えたあと。演算室の奥で冷却ログを見つめていたカイに、ゲイルが缶ビールを差し出した。
「ほらよ。祝いの一杯だ」
カイは受け取り、わずかに笑みを浮かべた。モニターの光が彼の頬を照らす。機械も、都市も、人間も──再生の時を迎えようとしていた。そのことに中央はまだ誰も気づいてはいなかった。