第22話:協力者を知る時
セントラルの中央広場。
通常は外交行事や式典に使われるはずのその場所に今は異様な緊張が漂っていた。
中央の高台には、拘束具に縛られた一人の女性。リアナの姿が晒されていた。
両手は高く吊られ、白衣の袖は裂かれ、足元には兵士たちが無言で並ぶ。
その姿を見上げる群衆の前に、堂々とレイモンドが現れる。
黄金の刺繍をあしらった軍服を纏い、手には中継機のスイッチ。
その背後には、リアナを照らす強い光と記録用のドローンが旋回していた。
「市民の皆様、本日は裏切り者に対する正義の儀式をお見せしよう」
レイモンドの声は、都市中に響き渡る。
「この女――リアナは、国家に対する背信行為を働きました。
エデンへ機密情報の漏洩、外敵との内通、そしてセントラルの秩序を揺るがす反逆です」
リアナは顔を上げず、ただ静かに俯いていた。
レイモンドは歩み寄り、彼女の顎を無理に持ち上げる。
その動作は、あくまで優雅で冷酷だった。
「君が命をかけて守ろうとしたエデンの男は、君を見捨てたようだな?
あれだけ君が尽くしても姿すら見せない。
レイモンドの指がリアナの頬をなぞる。
「今夜、我々は真の秩序を見せつける。裏切りの代償を、身体に刻むのだ」
リアナの目が、一瞬だけわずかに見開かれる。
(……来ちゃだめ、カイ。お願い……)
その想いが伝わる術はない。
しかし彼女は、今も希望を捨てていなかった。
たとえ身体が囚われても、心まで支配されるつもりはなかった。
だがレイモンドは、まさにそれを破壊しようとしていた。
映像と共に、公開処刑にも等しい見せしめは、セントラル中に放映され
エデンにも、その警告が届くことになる。
エデン・中枢タワー戦術指令室。
大型スクリーンに映し出されたのは、セントラルの中央広場。
そしてリアナだった。
両腕を吊られ、無残に晒される姿。
静かに項垂れる彼女の眼差しと、群衆の前でマイクを握るレイモンドの姿が映る。
「……これは」
カイはまっすぐにその映像を見つめていた。
拳が、机を軋ませた。
「ふざけるな……」
かすれた声。
だがその言葉の奥には、確かに怒りがあった。
リアナの瞳が、一瞬だけ画面の向こうでこちらを見たような錯覚に襲われる。
そして彼女の唇が、何かをかすかに動かしている。
(……来ちゃだめ、カイ)
聞こえないはずのその声が、なぜか胸に刺さった。
クラリッサが浮かべたホログラムに、新たな解析結果が表示される。
「……これが最後のパケットです」
彼女の声には、わずかに迷いがあった。
「セントラルから送られてきた暗号通信。
複数の経路を経由していたため解読に時間がかかりましたが送信者の特定に成功しました」
「誰だ」
カイは短く問う。
クラリッサが、送信記録の一部を展開した。
そこに表示された名は「リアナ」
一瞬、時が止まったように思えた。
「……リアナ……?」
カイの声が震えた。
「彼女は間違いなくセントラル内部の重要機密にアクセスできる立場にあった。
そして……あなたに情報を届けるため、命を賭けたのでしょう」
カイは視線を落とした。
あのとき、彼の手に届いたすべての戦術データ、エネルギー経路。
それらがリアナの手によるものだった。
「……全部、俺のために……」
その声は、誰に向けたものでもなく、ただ空気に溶けていった。
レイナが、ゆっくりとカイに寄り添う。
「リアナは……今もあなたの味方だと思う。
自分がどうなっても、あなたを信じて託したんだよ」
「なのに……俺は、何も気づかずに……」
カイはクラリッサの投影するリアナの映像を前に、ただ拳を震わせていた。
「行けば……確実に囲まれる。拘束、処分、最悪リアナと道連れか」
クラリッサが冷静に答える。
「統計上、正面突破の成功率は4%。生存率はさらに下がります。
しかし――あなたの行動原理は、数値で語れるものではないでしょう?」
カイは、映像の中でかすかに目線を送っていたリアナの視線を思い出す。
(……見ていた。俺が、気づいてくれるのを)
その瞬間、迷いが消えた。
「助けに行く。だが、正面からじゃない」




