第21話:レイモンドの罰
レイモンドの私室。
装飾の一切を排除した白い壁と、沈黙しか返さぬ椅子。
そこに、リアナは拘束されていた。
両腕を固定されたその姿は、以前の優雅なドレス姿とは程遠い。
髪は乱れ、唇には微かな乾きの色。
レイモンドはその前に立ち、しばらく無言のまま彼女を見下ろしていた。
やがて口を開く。その声は、いつものように穏やかで、しかし冷たい。
「お前がエデンに情報を流したことはわかっている」
リアナは黙っていた。
「リアナ……君が私を裏切るとは思わなかった。セントラルを出ても、あの男――カイのところに戻れば、何とかなるとでも? ……笑わせるな。私のものだった君が、今さら他人の胸に逃げ込む気か?」
「……裏切られた、というより――失望だな。私は君に価値を与えたつもりだった。地位も、安全も、名誉も。すべて用意してやった。だが君は、それらを拒絶した」
レイモンドの目は、氷のように冷たく、しかしその奥には確かな怒りが燃えている。
「カイの何がそんなにいい? 力も、血筋も、名誉もない。
あいつはただ、運よく今の地位を得ただけの下層の生き残りだ」
リアナの瞳には静かな意思の光があった。
「……言いたいことはそれだけ?」
リアナがぽつりと呟いた。
目はレイモンドを見ず、どこか遠くを見ている。
「私を処分するなり、追放するなり、好きにすればいいわ。どうせ、あなたにとって私は裏切り者でしかないのでしょう?」
その声音には怯えも、懇願もなかった。ただ冷ややかな諦観と、かすかな決意が滲んでいた。レイモンドは眉をひそめた。その反応が、自分の望むものではないと悟る。
――これでは罰にならない。
しばし黙考した後、レイモンドの唇が歪んだ。
「なるほど。ならば逆に――利用させてもらおう、リアナ」
彼はゆっくりと彼女の元へ歩み寄る。足音が、静寂を切り裂くように響く。
「君はまだ、あの男の心に残っている。そうだろう? だったら彼が君を見捨てられるかを試してみるとしよう」
リアナがわずかに目を見開いた。
「……何をする気?」
「君は囮になるんだ。エデンの境界線付近で公開拘束でもしようか。
君の命が懸かっていると知れば、あの愚か者はきっと駆けつける。君を救うためにな」
レイモンドの瞳に、冷たい光が宿る。
「そして――そこを叩く。奴の都市も、夢も、君もろともな」
リアナはレイモンドの言葉を聞きながら、ゆっくりと顔を上げた。
「……あなたは本気で言っているのね」
レイモンドは鼻で笑った。
「当然だろう? 裏切り者には“罰”を、敵には“痛み”を――それが、私のやり方だ」
リアナは静かに息を吐いた。
「私に人質としての価値なんてないわ。カイはもう私なんかに縛られない。彼は強くなった。私を囮にしても……何も揺るがせない」
その声は冷静で、どこか諦めにも似た切実さを帯びていた。
だが、レイモンドの表情にはまるで余裕が崩れる気配はない。
「それは、試してみなければ分からない」
彼は嘲るように唇を歪め、ゆっくりと歩を進めてリアナの目の前に立つ。
「君が思う以上に、ああいう理想家には効くものさ。自分を信じてくれた人、自分を認めてくれた誰か。そういう存在に弱いんだよ。特に、男ってやつはな」
「……カイは、そんなに甘くない」
「いや、甘いさ。君がピンチだと聞けば、たとえ罠と分かっていても飛び込んでくる。そういう未熟さがある。だからこそ面白い。人質の価値は、君がどう思っているかではなく相手がどう思うかで決まるんだ」
リアナの拳が小さく震えた。
「……もしカイが来たら、あなたは本気で」
「潰すさ。完膚なきまでにな。君を助けに来た英雄が、何も救えずに倒れる。その姿を、君の目の前で見せてやるよ」
レイモンドの瞳は冷酷な光を放っていた。
それは、支配と征服に取り憑かれた者の目だった。
リアナはその目を真っ直ぐに見返す。
「なら……私は、最後まで抗うわ。たとえ囮にされても、私は武器にはならない」
「ふふ……口では何とでも言えるさ、リアナ。でも、君の存在があいつの判断を鈍らせるならそれで十分だ」
そう言って、レイモンドは部屋を出ていく。
リアナは一人、冷たい部屋の中で目を閉じた。
(……カイ。来ちゃだめ。お願い、来ないで)
彼女の心は、激しく揺れていた。
レイモンドの罠に、かつての恋人が飲まれてしまわないことを、ただ祈るように。




