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孤児という理由で世界に否定された天才、世界の頂点を目指す  作者: 雷覇


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第16話:決意の芽

重厚な香の焚かれた静かな室内。

リアナは椅子に腰掛け、膝の上で両手を組んでいた。

視線は虚空に向いている。


その向かいで、レイモンドがグラスを回している。

琥珀の液体が静かに揺れ、彼の目だけが鋭くリアナを見据えていた。


「……最近、ずいぶん静かだね。リアナ」


リアナは、はっとして顔を上げる。


「い、いえ。何も……」


「そう。なら構わない。だが……一つだけ」


レイモンドはグラスを机に置き、ゆっくりと立ち上がった。


「エランの件。……君も見ていたよな?」


リアナの指先がピクリと動いた。


「はい……」


リアナは何も言えなかった。

恐怖か、怒りか、それとも哀しみか。

自分でも整理できない感情が胸を押し潰していた。


「……あの男に、情でもあったか?」


「違います。ただ、彼は……同じように、道具として……」


「道具。それがこの世界の真実だ。

自分の役割を果たせなくなった者は、価値を失う――それだけだ」


レイモンドはゆっくりとリアナの頬に手を伸ばす。

だが、その目は鋭く、感情の波を探るように冷たい。


「君もわかっているだろう? ここにいれば私の庇護のもとで、生きられる。……それを失いたくはないだろう?」


リアナはかすかに頷く。


「心に曇りがある者は、正しい判断ができない。君には再調整が必要だ」


リアナの背筋がわずかに震えた。


「……再調整……ですか?」


「そうだ。君には、もう一度――誰のものかを思い出してもらう必要がある」


レイモンドは振り返ると、ゆっくりと手を差し出す。

リアナは拒むでもなく、その手を取った。


それは服従でも、同意でもない。

ただ、選択肢が存在しないという現実の中での、静かな一歩だった。


「来なさい。君が私のものであることを、身体に刻み直してやる」


そう囁くように言ったレイモンドは、リアナの手を引き、奥の寝室へと導いていく。

その歩みはゆるやかで、拒むこともできず、ただ静かに続く。


「従順だった君を、私はずっと評価していた。だが最近、言葉の端に棘がある。

視線に熱がこもってきた。……それは許されないことだよ、リアナ」


リアナの喉が、かすかに上下する。

しかし、彼女は目をそらさなかった。


(私は……何をしてるの?)


自問する間もなく、レイモンドが後ろから静かに腕をまわし、耳元で囁く。


「思い出すんだ。君が最初にここに来た日のことを。

私だけが、手を差し伸べた。あのとき、君は感謝を口にした。

今も、それは変わっていないはずだろう?」


彼の手がゆっくりと、背中に回り、リアナの緊張した肩をなぞる。

まるで心を解きほぐすかのように、巧妙で丁寧な仕草。


(……カイに会いたい)


そう願っても、声にできなかった。

代わりに、リアナは目を閉じた。静かに、ゆっくりと。


彼女の沈黙は、レイモンドにとって従順の証であり

挑発されたプライドを癒す仮初の勝利だった。


やがて、レイモンドはリアナを抱き起こし、ゆっくりと部屋の奥へと導いていく。

扉の向こうには、整えられた白いシーツと淡い照明が広がっていた。


彼女をベッドに横たえ、その上に身を重ねる彼の動きは慎重で丁寧にすら見えた。

だがそこにあるのは、感情ではなく確認だった。


唇が首筋をたどり、肌に触れるたびに、リアナの身体はわずかに震えた。

だが彼女は声を上げず、ただ目を閉じる。

その内側では、遠くにいる彼のことを、ただただ思い出していた。


(カイ……私は、まだ……)


レイモンドの呼吸が徐々に静まり、腕の中でリアナは動かないまま夜を過ごした。

リアナの瞳には、諦めとも希望ともつかない微かな光が宿っていた。

何かが崩れていく音を、心のどこかで感じながら彼女は、夜明けをただ待っていた。

レイモンドの執着は、朝になっても冷めることなく、なお静かに燃え続けた。


朝の光が、薄いカーテン越しに差し込み始めていた。

セントラルの上空には高層の浮遊都市が影を落とし、ぼんやりとした薄明が部屋を照らしている。


レイモンドはベッドの縁に座り、身を起こすことのないリアナの横顔をじっと見下ろしていた。その白い頬に指を這わせながら、彼は静かに目を細める。


「……君は、やはり美しい」


その声にリアナは反応しない。まぶたを閉じたまま、呼吸を整えている。

だが、レイモンドにとってそれは従順さの証であり、支配の完成に他ならなかった。


「カイ……あの小僧がどれほど才を持とうと、社会は彼を許さない」


そう呟いたレイモンドの瞳には、もはや焦りの色はなかった。


「逆らう者には、場所を奪うだけだ。エデンとやらも、そろそろ潮時だな」


ベッド脇に置かれた端末を手に取り、指先でいくつかの指令を並べる。

その瞳には、冷酷な光が宿っていた。


「命令を下せ。エデンへの物資供給を止めろ。監視衛星も再配置だ。

あの場所は、まだ都市などと名乗るには早すぎた」


「カイ。君は才能がありすぎた。だからこそ処分する」


部屋を出るレイモンドの背に、リアナはただ目を閉じる。

胸の奥で、何かがまたひとつ崩れていくのを感じながら。


しかし、その崩壊の奥には、小さな決意の芽が確かに根を張り始めていた。

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